特集「クラフトマンシップを巡る旅」にあたり、モノへの愛着について考えてみよう。今回は暮らしの道具として愛されてきた「民藝」を考えの切り口として、明治大学理工学部准教授の鞍田崇先生に話を伺った。モノをより深く楽しみ、味わうためのヒントを探る。

Q:民藝という言葉は、何年か前から頻繁に聞くようになりましたね。何となくイメージはあるのですが、言葉が一人歩きして「知っているようで知らない」状態になっている気がします。なぜ近年になって民藝が注目されるようになったのですか?

A:民藝は三つの価値観、「機能性」「美しさ」「いとおしさ」のすべてを貫く眼差しを持っている気がするのです。民藝の「用の美」は、「用=機能性」に伴った「美しさ」ということですし、ふたつは既に持ちあわせている。そして僕は、三つめにあるのが「いとおしさ」だと考えています。

Q:ひとつめの「機能性」という価値観が出てきたのはいつ頃でしょう?

A:もともとデザインというのは、単に新しいモノだけを追求するというよりは、「良い」モノを作りたいという思いから生まれています。産業革命によって、それまでになかった新しいモノが大量に作られ始めたとき、質の悪いモノも同時に溢れ始めました。そんな中でウィリアム・モリスがデザイナーという役割を徐々に確立させていったことがデザインの始まりです。技術進化に伴い登場する新しいモノに対して、プロダクトの「良さ」、本当に必要なものってなに?ということを判別し、さらには形を描いていく能力というのがデザイナーの職能として求められました。モノの良し悪しを判断する基準がここでひとつ生まれるわけです。この時代、モダニズムの「良さ」というのがつまり「機能性」です。

Q:「美しさ」は、その後に登場するのでしょうか?

A:後に登場というか、より力点が置かれるようになったということでしょうね。20世紀後半、単に必要なものだけではなく「美しさ」が重視されるようになったと考えられます。ポストモダン建築なんてまさにそう。個性的な「美しさ」の時代ですね。ただ、その次の段階が21世紀以降に始まっている気がします。「美しさ」に満足したというか、むしろそれだけでは満たされない何かがあって、僕たちは「いとおしさ」を求めるフェーズに来ているのではないでしょうか。だからこそ、民藝が求められているのだと思います。

Q:「いとおしさ」とは具体的にどういう感覚でしょうか?

A:デザイナーの深澤直人さんが日本民藝館の館長になった当時、「深澤さん、民藝はデザインですか?」っていう雑誌インタビューがありました。その中で、「民藝は生活道具で、道具はまず使い勝手のよさがあり、そこに美しさが揃って合格だという感じがある。でも、僕は、ここ〔日本民藝館〕にあるものを見て、その上に立ちのぼる何かを強く感じた」と言っていたのがとても印象的でした。もちろんすべてが民藝である必要はありません。あまねく道具は機能性と洗練された美しさを備えて僕らの周りに溢れています。ただ、そういうものを超えた「何か」が求められているいまだからこそ、民藝に注目が集まっている気がするんです。民藝にはその何かがあるから。その「何か」を深澤さんは「愛着」「えも言われぬ魅力」と仰っていましたが、それを僕は「いとおしさ」と呼んでみたいと思っています。どこか切実さをはらんだ感覚のようにも思うから。

第二回 手始めは産地を訪ねること

鞍田崇

哲学者。1970年兵庫県生まれ。京都大学大学院人間・環境学研究科修了。現在、明治大学理工学部准教授。近年は、ローカルスタンダードとインティマシーという視点から、現代社会の思想状況を問う。著作に『民藝のインティマシー「いとおしさ」をデザインする』(明治大学出版会2015 )など。
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