世界一好きなのは韓国料理だと公言している。肉はなくてもよくて、とにかく野菜をおいしく食べられるから好きなのだ。発酵させたり、干したり、蒸したり、混ぜたりしながら調理されるそれらは大胆で情熱的でありながら、ときに繊細で、いつだってうっとりしながら食べてしまう。しかしながら、この好きでいっぱいの思いは私の一方通行であることが多い。食堂や屋台で、「マシッソヨ~」と感動を情熱いっぱいに伝えても、鼻であしらわれることが多い。ほかの国だと「おお、そうかそうか、おいしいか」みたいなコミュニケーションに発展することが多いのだけど、韓国のとくに日本人がたくさん来るような場所で働く、さらにいうとそこにいるのが女性である場合は「はいはい、わかってますよ。おいしいのは。日本人ったら、いつも大げさに媚びてくるのね」というような、いわゆるツンな態度で鼻を鳴らされて終わることが多い。それでも好きなのだから、しかたないのだけど。

そんな片思いの多い韓国で、両思いになれる場所がある。それがチムジルバンと呼ばれるサウナである。サウナというよりも、日本の健康ランドに近い。入口で館内着に着替えるのも、大浴場や休憩所、食堂があるのも健康ランドっぽいけれど、違うのはサウナにも服を着たまま入ることだ。裸で入る日本のサウナに慣れていると最初は違和感を覚えるけど、実際にやってみるとこれが意外に気持ちいい。新陳代謝を促し、汗をよくかくために敷き詰められた石ころだの塩だのの上に寝っ転がっても、そうした素材が体にベタベタくっつかないし、体にいい石やら土やらを積み上げてドーム状にした汗蒸幕(ハンジュンマク)のような高温サウナでも、素肌が高熱にさらされないので日本のサウナのように肌が痛くならないのがいい。そしてなぜか、こうしたサウナ内にも飲み物を持ち込んでいい場合が多い。

汗蒸幕の中は薄暗く、たきぎを燃やして熱しているためとてつもなく熱い。ボロボロになった麻布を被って入る場合も少なくない。つまり、この中にいると、誰が誰だかわからなくなる。しかも、チムジルバンに通うおばちゃんたちは美に貪欲なのだろう。家でつくってきたと思われる健康茶(多くの場合、よもぎ茶)をドーム内に持ち込み、倒れるギリギリ直前まで熱さの中で耐えている。そうしたとき彼女たちの意識は朦朧としているのだろう。ローカルが集うチムジルバンで汗蒸幕に入ると必ずといっていいほど早口の韓国語で話しかけられる。もちろん、なにをいっているのか全然理解不能なので「おばちゃん、私、日本人よ」と簡単な韓国語で返してみたり、「えー、なにを言っているのかわからないよ」とわざと日本語で返してみたりするのだけど、おばちゃんは驚く様子もなく(そんな気力もないのだろう)、ひとりごとなのか私に向けているのか微妙なラインで何事かをふたたびしゃべり始める。そんな会話にならないコミュニケーションを何回か繰り返したあと、もうこれ以上無理という状態になると、おばちゃんはハァハァ言いながら倒れ込むようにと外へでていく。そして、私もおばちゃんよろしくギリギリまでねばって転がるように外にでると、さっきのおばちゃんが寝っ転がる隣に、やっぱりハァハァ言いながらゴロリと身を横たえる。汗蒸幕の外にはそうして身を横たえるおばちゃんたちがいっぱいいて、自分も含めてまるで海岸に寝転がるトドのような状態になっている。熱さで朦朧とした頭で、なんておかしな光景だろうと思いつつ、格好つけずにゴロゴロしてもいいこの空間をたまらなく愛おしく感じてしまう。

勝手のわからないチムジルバンの、緊張しながら入った汗蒸幕の暗闇で突然話しかけられることに最初こそ驚いたけれども、今ではお約束のようになっているこのやり取りを密かな楽しみにしている。きっと、おばちゃんにとっては「はぁ、もう熱いわねぇ」とか「今、この中、何度なのかしらねぇ」とか、返答を求めないタイプのひとりごとのような会話なのだろうけど、このコミュニケーションがあるおかげで彼女たちと気持ちの距離がぐっと近くなる。チムジルバンから出ると同じ釜の飯を食べたかのような、ともに困難をくぐり抜けた仲間のような気分になっているのだ。言葉は通じなくても向こうもそう思っていることが気配で伝わってくる。

ソウル郊外にある伝統サウナ、スッカマに行ったときもそうだった。山の中にあるその場所からは、1時間に数本しかないバスに40分近く揺られないと最寄り駅までたどり着けない。タクシーを呼ぶこともできたけど、バス停を見るとさっきまでスッカマにいた7〜8人のおばちゃん集団がいた。おもしろそうだったのでバス停へ向かうと、案の定、おばちゃんたちは笑顔で迎えてくれて、なかなかやってこないバスを待つ間も、バスに乗り込んで駅へ向かう間も、さらにはそこから地下鉄に乗って降りる駅までも、おばちゃんたちは乗り換えに不案内な私たちと一緒にいていろいろと世話を焼いてくれた。その間、それぞれが韓国語と日本語で言いたいことをワイワイと話していたけど、不思議と言っていることはわかった気がした。おばちゃんたちは自分の降りる駅になるとひとり、またひとりと減っていったがそのたびに笑顔で別れた。名残惜しかったけれども、あのスッカマに行けばまた会える気がした。最後ひとり残ったおばちゃんはホームに降りたあと、扉が閉まり電車が動きだしたあとまで大きく手を振っていてくれたのが見えた。

岡田カーヤ

ライター、編集者、たまに音楽家、ちんどんや。街の楽団「Double Famous」ではサックス、アコーディオンなどを担当。旅と日常の間で、人の営み、土地に根ざした食や音楽などの記事を書く。『翼の王国』『ソトコト』などで執筆。ワインとスープを飲み歩くのが好き。幼稚園児程度のポルトガル語を駆使しながら年一ペースでポルトガルへ通う。当コラムタイトル「HOLIDAY GOLIGHTLY TRAVELING」は、カポーティ『ティファニーで朝食を』の主人公のドアに掲げられている言葉から。