ああ、またこのパターンか……。朝食とドライイチジク、それから小さなグラスと無色透明のラキヤが入ったボトルが用意された食卓を見て、長い1日になることを覚悟する。クロアチアの田舎町を取材していたときのことだ。

旅雑誌の取材でさまざまな国を訪れたが、郷土のお酒とその国独自の飲酒文化というのはなかなかユニークで、プライベートでも通うきっかけをもたらしてくれたりする。バルカン半島にあるクロアチアも、お酒がきっかけで仲良くなった国のひとつだ。
初めて訪れたのは2007年のこと。その時はドブロヴニクを中心に、フヴァル島やパルミジャーナなどアドリア海沿岸に3週間ほど滞在した。個人宅にお邪魔する取材も多かったのだが、そんな時、人のいいクロアチア人は必ず、自慢のラキヤでもてなしてくれた。

ラキヤというのはバルカン半島諸国で一般的に飲まれている、発酵させたフルーツから造る蒸留酒のこと。グラッパの親戚のようなものといえば想像しやすいだろうか。ナシやサクランボ、イチジクなどが一般的で、リキュールのように甘いものからドライな飲み口のものまで味わいはさまざま。クロアチアではハーブやアニスで風味づけした辛口が好まれ、ドライフルーツとともにサーブされることが多い。スーパーや酒屋でも売られているが、各家庭秘伝のレシピで造られる自家製も多い。で、この自家製ラキヤが曲者なのだ。
通常のラキヤはアルコール度数40度程度、ウイスキーくらいである。それが自家製になると突然、50〜60度にもなる。このラキヤを常温のままショットグラスに注ぎ、「Zivjeli(乾杯)!」と言って飲み干す。食前酒として飲まれることも多く、空きっ腹で飲む羽目になるといささかマズいことになる。しかもこのラキヤ、朝8時のアポイントや朝食の席でも登場するのだ。

アッパー系のお酒なのでかなり楽しく酔えるし、確実に相手と仲良くなれるのだけれど、朝から歌ったり踊ったりで疲れ果て、ほぼ1日が終了する。おまけに体格のいいクロアチア人は総じてアルコールにめっぽう強い。同じペースで飲み続けたら日本人なんてひとたまりもない。
あらゆる取材先でラキヤが振る舞われ、踊り続ける。そんな夢のような、修行のようなクロアチアでの3週間。後日、読解不可能の取材ノートの山を抱え、背筋が凍る思いをしたのもいい思い出だった、かも。

倉石綾子

女性誌編集部を経てフリーのライター、エディターに。旅、お酒、アウトドアを主軸にした記事を雑誌、ウェブメディアで執筆する。アウトドア×日本の四季× 極上の酒をコンセプトに掲げる酒呑みユニット、SOTONOMOを主宰(facebook.com/sotonomo/)。著書に『東京の夜は世界でいちばん美しい』(uuuUPS)。