毎年11月1日に“解禁”になる、梅のリキュールがある。和歌山で採れた梅と、シナモンやクローブなど数種のスパイスをウォッカに浸けこんだ国産のリキュールで、年に一度、梅の季節に仕込まれて秋にお目見えとなる。名前を「星子」という。
カクテルに仕立てやすい香り、味わい、そしてどこか東洋のエキゾティシズムを感じさせるボトル・デザインが特徴で、バックバーで目にすることも多いのだがそれもそのはず、このリキュールの生みの親はバーテンダーなのだ。1970年代、東京にまだオーセンティックなバーしかなかった時代、ニューヨーク・スタイルの————ドレッドヘアのバーテンダーが、両手でシェイカーを振るような————カジュアルなバー文化を持ち込み、それが一世を風靡した。それから40年、カウンターカルチャーの洗礼を受けた編集者やクリエイター、彼のフォロワーたちはいまでもその人を「伝説」と呼ぶ。
そのバーテンダー、デニーさんというのだが、彼が1979年から開発を始めたのが「星子」である。梅は季節もの、よって年に一度しか仕込めないことから、梅の種類やスパイスの配合などレシピが決まるまでに17年、市場に出すまでさらに8年を要したというから、まさに半生を賭けた作品なのだ。デニーさんはよく「人生は四半世紀決算」と口にする。「決算なんて、人生で3回か、多くて4回もあれば十分だ」、と。バーテンダーとしての矜持とものづくりに対する覚悟を凝縮したものが「星子」なんだと実感する。だから「星子」を前にすると、背筋が伸びる思いがする。
梅の出来に左右されるから、毎年味わいが異なるのも「星子」の面白さ。新ものは「ヌーヴォー」と呼ばれるのだが、ファンは解禁日を“ハーベスト”と称し、デニーさんのいるバー(HIGASHI-YAMA Tokyo)で封を切られたばかりのヌーヴォーを味わう。ヌーヴォーで乾杯した後は、過去のヴィンテージとの飲み比べだ。ヌーヴォーはフレッシュな梅の酸味が立っていることが多く、カクテルにぴったり。一方、熟成が進んだものは飲み口がまろやか、芳醇なコクが際立ってくる。こと人間とお酒に関しては、時間は心強い味方なのだ。
そんなことを考えさせてくれるヌーヴォーの夜。今年も11月1日はしこたま飲む予定だ。