バーテンダー向けウェブメディアの仕事をしていることから、バーフェアやバーショウの動向は少なからず耳に入ってくる。この時期になると「来年のトレンドは?」という、ファッションやデザインの世界と同様のトピックが話題になるのだけれど、日本でもいよいよブーム到来となりそうなのがコーヒーカクテルだ。いわゆる「サードウェーブ」に続く次なる新潮流「フォースウェーブ」として、ここ1、2年、コーヒーカクテルが取り沙汰されている。

毎年秋にベルリンで開催されるヨーロッパ最大級のバーフェア「バー・コンヴェント・ベルリン」で今年の話題を独占したのが、スペシャルティコーヒーとカクテルのペアリングだった。世界を見渡せば、コーヒーカクテルの完成度とそのプレゼンテーションを競うコンペティション(「ワールド・コーヒー・イン・グッド・スピリッツ・チャンピオンシップ」)なんてものまであり、コーヒーカクテルは1つのジャンルとして確立された感がある。

コーヒーカクテルというと、オーセンティックなところではアイリッシュコーヒーがある。熱々のコーヒーにウイスキー、生クリーム、砂糖(砂糖はなしの場合も)を加えた、甘くてほろ苦いホットカクテルだ。アイリッシュコーヒーは1943年、アイルランド西部にある港町、フォインズの水上飛行場で生まれた。当時、飛行艇を利用する乗客は給油のたびに飛行機から降ろされ、水上ボートで待合室まで移動せねばならなかったという。極寒の季節に外に放り出される乗客のために考案されたのが、アイリッシュコーヒーだった。

数年前の冬のこと、アイルランドはダブリンへ取材に出かけた。撮影の合間を縫って街中のとあるパブに入り、ツーリスト気分丸出しでアイリッシュウイスキーをオーダーする。日本で飲めるアイリッシュコーヒーはホイップしたクリームを浮かべてあることが多いが、このパブではスプーンの背を使って生クリームをコーヒーの上に浮かべるスタイルだった。

「生クリームが沈むとコーヒーの色が濁ってしまう。濁ったアイリッシュウイスキーは失敗作だ」と、巨漢のバーテンダー。カウンターに陣取り、彼が器用に作ってくれたアイリッシュコーヒーをいざ飲もう……としたその時、隣に座っていたフォトグラファーがアイリッシュコーヒーをかき混ぜてしまった!!(色が濁ったらダメだって、いま言われたじゃない……)と思ったものの、時すでに遅し。案の定、バーテンダーが烈火のごとく怒りだす。

興奮してまくし立てる彼の、早口でアイルランド訛りの英語をどうにか解読したところ、冷たいクリーム、熱いコーヒー、その合間から立ち上ってくるウイスキーの香りを楽しむのが粋なのに、それをかき混ぜてしまうのは野暮の田舎者の所業だ!ってことだった。怒りまくられ、カウンターでうなだれる私たち。その後、フォトグラファーの彼はアイリッシュウイスキーをスコッチウイスキーにアレンジした「アイリッシュコーヒー」をオーダーするという地雷を踏んでしまい、バーテンダーのさらなる不興を買ったのだった。

教訓:アイルランドではアイリッシュコーヒーはかき混ぜない。スコッチウイスキーを入れるとアイリッシュコーヒーではなく、ゲーリックコーヒーという別物のカクテルになる。

倉石綾子

女性誌編集部を経てフリーのライター、エディターに。旅、お酒、アウトドアを主軸にした記事を雑誌、ウェブメディアで執筆する。アウトドア×日本の四季× 極上の酒をコンセプトに掲げる酒呑みユニット、SOTONOMOを主宰(facebook.com/sotonomo/)。著書に『東京の夜は世界でいちばん美しい』(uuuUPS)。