ここ数年、クラフトスピリッツ、とりわけジンがブームになっている。ファッションやデザインの世界と同様に酒業界の移り変わりもめまぐるしいけれど、このブームは息が長い。もはやスタンダードになったと言っても差し支えないほどに。

 そもそもジンとは、穀類やジャガイモを原料とした蒸留酒にジュニパーベリーの香りをつけたスピリッツのことを言う。ジンといえば長らくタンカレーやビーフィーターに代表されるロンドンドライジンか、オランダのジェネヴァが一般的だった。クラフトジンが台頭してきたのは2000年代に入ってからのこと。ハンドクラフト&スモールバッチを謳うスコットランドのプレミアムジン、「ヘンドリックス」や、47種のボタニカルを使ったドイツの「モンキー47」が発売され、これがバーの世界を席巻した。値段は少々お高いけれど、ドライジンにはない香りや味わいが新鮮で、なによりそれぞれの造り手の背景がユニークだった。アルティザナルな造り手やストーリーが脚光を浴びる、それがジンを含む現在のクラフトスピリッツ・ブームの特徴と言える。 

 少量生産&ハンドクラフトなだけあって、クラフトジンには個性的なインディペンデント・ディスティラーが多い。例えば、ワインの造り手がアパートの自室で開発したという、クラフトあるある! を地でいくメルボルンの「MGC(メルボルン ジン カンパニー)」。地元の農家や養蜂家など、農業ネットワークのサポートを使命に掲げるアメリカ・バーモント州の「バーヒル ジン」など。熟成期間が必要なウイスキーなどと異なり、すぐに市場に出せ、さらにスモールバッチで造れることからチャレンジングな若者が参入しやすかったこと。SNSの発達により造り手たちが自らのメッセージを気軽に発信できるようになったこと。そんな土壌がアルティザナルな造り手を惹きつけたのだろう。彼らが造るジンそのものも個性的だ。たとえば、ウズベキスタンの自然保護区のジュニパーベリーと数種のスパイスを浸漬した「FAIR.」、カナダの極北でイヌイットが手摘みした、ノルディックジュニパーやクラウドベリーなどのツンドラ植物を使う「アンガヴァ カナディアン プレミアム ジン」のような、土地の風土を伝えるローカルなボタニカルをふんだんに使ったジンからは、まるで旅しているかのようなエキゾティシズムが感じられる。

 消費者の意識の変革もあった。大量生産・大量消費時代の物質主義から、より本質的なものを求める現代では、ステータスを象徴するようなレアものボトルよりも、ローカリティやフェアトレードを謳った銘柄がライフスタイルにマッチする。また、ストーリー性を重視する消費者にとって、SNSを通じて生産者とじかに築けるフラットな関係も心地よかった。クラフトジンが受け入れられるようになった理由はいくつもあるけれど、やっぱりそうした時代性が大きいように思う。

 ジンといえばマティーニや「とりあえず」のジントニック、ギムレットといったスタンダードカクテルが定番だが、多彩な味わいを持つクラフトジンならもっと自由な飲み方を楽しめそう。たとえばオンザロックで、キリッと冷やしたリキュールグラスに注ぎストレートで。フードとのペアリングを楽しんでもいい。“As you wish”な自由さこそ、クラフトの身上なのだから。

倉石綾子

女性誌編集部を経てフリーのライター、エディターに。旅、お酒、アウトドアを主軸にした記事を雑誌、ウェブメディアで執筆する。アウトドア×日本の四季× 極上の酒をコンセプトに掲げる酒呑みユニット、SOTONOMOを主宰(facebook.com/sotonomo/)。著書に『東京の夜は世界でいちばん美しい』(uuuUPS)。