本誌02号で特集した目黒にある気鋭のレストラン〈Kabi〉がコペンハーゲンに渡って1日限りのポップアップを開催した。6月中旬からヴァンナチュールを代表するフランスのワイナリーを巡り、パリの〈RestaurantA.T〉でポップアップを行い、その後、コペンハーゲンの〈Kadeau〉でポップアップを行うという、約2週間におよぶヨーロッパ行脚の最終地点。もともとシェフの安田翔平がこの〈Kadeau〉で1年間働いていたということもあり、実現したスペシャルイベントだ。東京とコペンハーゲン間をメールで往復されるメニューの構想、ペアリングドリンクのリスト。直前まで何度もやり取りを重ねてついに実現したこのイベントの様子をお届けするべく、前日の仕込みからミーティング、当日の営業終了のその瞬間まで立ち会った。

ソムリエの江本賢太郎(左)はフランス、オーストラリアでキャリアを積んだこともあり、異国での接客もとてもスムーズだ。2015年末から約1年間〈Kadeau〉にいた安田(右)は、当時のスタッフが多く残っていたこともあり、勝手知る者同士でコミュニケーションを取っていく。二人の海外での経験が形となって表れているのがわかる。


営業前の仕込みから見えてくるレストランが目指すべきひとつの理想形

〈Kadeau〉の一日はだいたい朝10時から始まる。眠気まなこで出勤してくるスタッフの一人がバナナやイチゴをカットし、牛乳とシリアルと一緒にオープンキッチンへ置く。そしてコーヒーを淹れると、各々が自分のペースで器によそい朝食をとる。昼前にもなると誰に言われるでもなく全員が仕込みを開始する。毎日のルーティーンだ。だが、この日はポップアップということもあり、ブリーフィングの合図と同時にみな集中した顔つきへと変わる。カナダ人ヘッドシェフのキュミン・ハーンが小気味よくジョークを交えながら今回のコラボメニューを説明する。

〈Kabi〉と〈Kadeau〉、半々のバランスで構成されたメニューのラインナップには酒粕、奈良漬といった日本語が登場する。国際色豊かなスタッフはもちろんそれを知っているかのように静かに頷き、時に〈Kabi〉の二人に質問しながら理解を深めていく。もともと日本料理と北欧料理に共通項が多いこともあるが、安田が日本の食文化を〈Kadeau〉に浸透させたことがわかる。そしてその理解をもとに、本質をぶらすことなく自分たちのものへと昇華させていく〈Kadeau〉の懐の深さに感銘を受ける。

その後、〈SwitchCoffee〉のコーヒー、〈長珍〉や〈悦凱陣〉の日本酒、〈月夜に吠えるオオカミ〉の芋焼酎などがテーブルに並ぶ。江本が日本から持参したペアリング用のお酒の種類は6種。すべてを丁寧に説明したのち、ブリーフィングは終了。

やがて店内には音楽が流れ出す。その音に乗りながら、中には口ずさみながら仕込みを再開するスタッフの姿と、目黒の〈Kabi〉で働くスタッフの姿はどこか似ていて、自由に楽しく働くという〈Kadeau〉のスタイルに安田が大きく影響されたことが見えてくる。日本ではあまりない、スタッフひとりひとりが自己責任と自主性を持ってこそ成立するレストランの新しい形だ。

16時頃、ニコライがやってくる。スタッフみんなに声をかけ、それに応えるスタッフたちの姿はフレンドリーそのものだが、作業のスピードは必然と上がる。〈Kadeau〉以外にもいくつか店舗を経営するニコライは毎日キッチンに立つわけではないので、そう顔を合わせる機会のない研修中のスタッフからはそことなく緊張感が漂いだす。

オリジナル性をもった二国間の食文化交流

店内は30席の広さに、テーブルと椅子がゆったりとした間隔で置かれており、花器、壁に掛けられたアート、ワインセラーすべてが空間に調和している。どこを見渡しても調度品の温度差もなく、過度な装飾はもってのほかで、ひたすらに居心地がいい。少し背の高いオープンキッチンは、花びらや果実、種子を使うため細かい作業が多くなる〈Kadeau〉の料理に合わせて、スタッフが背中や腰を痛めないように設計されているという。

サービスのスタッフがテーブルをセットすると同時に、キッチンも慌ただしさを増していく。ニコライも一緒になって仕込みを進めていく中、安田がぼそっと「知らない味になった」と呟く。味噌、マスタード、ピクルスのジュースなどを和えているときに発した言葉だ。デンマーク産の素材と日本から持ち込んだ素材を合わせて即興で味を作っているため、味見を繰り返しては最終的に自分が知る、自分だけの味に仕上げていく。ほかのスタッフも安田の一挙手一投足を見つめる。日本の技術、文化を自分のものにするべく見つめるその眼差しは真剣そのもので、ちょっと前のリラックスした姿からは想像できない表情だ。

オープンの時間を迎えると、続々とゲストが席に着く。すぐさま満席になった店内にはデンマークを代表するような歌手も姿を見せていたりと、〈Kabi〉の評判は北欧にも届いていることがわかる。そんなことを気にするそぶりもなく飄々とサービスをする江本は、東京で働くときの姿と何も変わらない。すべてのゲストに平等で、その時間をただただ楽しんでほしいという気持ちが表れているようだ。


計10皿のコースは〈Kabi〉ではおなじみの寿司や鮒のリゾット、〈Kadeau〉のトーストやオイスターが登場。完食してワイン片手に中庭でくつろぐゲストの表情から、両者の親和性の高さと、このイベントが成功したということがうかがえた。

ノルディック料理と日本料理が自然と融合してみせたのは、〈Kabi〉と〈Kadeau〉が互いの食文化をしっかりと体感したうえで、敬意をもってコラボレーションしたからなのだろう。そしてどちらの食文化も共通項を持ちながらもオリジナルであり、これからも進化を続ける食の最先端であるに違いない。

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