コペンハーゲンという都市を表すときに、よく用いられるクリエイティブやイノベーティブという言葉があるが、どちらも根源をたどるとインディペンデントというマインドに行き着くような気がした。ヴァイキング時代の中世から第二次世界大戦に及ぶまで数多の侵略戦争の舞台となったこの土地は、度重なる攻撃を受けては強く立ち上がる必要があった。破壊されるたびに見直される都市構造、寒冷で不毛な土地ならではの食文化。厳しい環境の中でデンマーク人は試行錯誤を繰り返してきた。そうしてその独自性を世界に知らしめたのが2000年代後半にコペンハーゲンが巻き起こしたフードシーンの一大ムーブメントだろう。ファーメンテーションと呼ばれる食の発酵・保存文化を軸にしたガストロディプロマシー(美食外交)は、ノルディック料理を世界的に知らしめることに成功した。

デンマークからフェリーで約7時間、飛行機で1時間弱。スウェーデンの真南に位置し、ドイツやポーランドにも囲まれる島、ボーンホルムから〈Kadeau〉の歴史はスタートした。

スカンジナビアの楽園と呼ばれることも多いボーンホルムは、島の半分が岩の多い海岸線、もう半分はまるでリゾートビーチのような砂浜が広がるエリアに二分される。さらには自然が豊かなことでも有名で、自生する植物はどれ一つ同じものがないと言えるくらい様々な種類の植物が根付く。事実、北欧に存在する植物の多くをこの小さな島で見ることができる。

島には約4万人の住民が暮らし、その多くが農家と漁師に分類されるため、主な産業は畜産と水産になる。車を10分も走らせれば牧畜された牛の群れと遭遇し、島で見かける多くのレストランはスモークハウスと呼ばれ、魚を燻製させた伝統料理を提供している。

〈Kadeau〉はこのボーンホルムに大きな菜園を持ち、様々な花や果実、野菜を栽培している。コースに出てくるサーモンやホタテといった魚介類も、この肥沃な島から採取されたものだという。

もともとこの島に生まれたニコライ・ノルガードとパートナーのコフォード兄弟はボーンホルムで採れるものをメイン食材とし、そのうえで伝統的なノルディック料理を進化させることをコンセプトにした。同じくデンマークを代表するレストラン〈noma〉が優れたプロモーションとマーケティングで世界にノルディック料理を知らしめたこともあり、相乗する形で〈Kadeau〉にも注目が集まった。そして2011年にはコペンハーゲンにも〈Kadeau〉をオープンさせ、やがてミシュランの二つ星を獲得するにまで至った。

見た目はシンプルなのに複雑な味のレイヤーが施されるのが〈Kadeau〉の料理の特徴だ。乾燥させたのちバターで戻して焼いたニンジン、ホタテの肝の塩漬け、松の実のピクルスを煮詰めて乾燥させたムール貝の出汁と西洋ワサビのクリームで味付けした一皿(左)。松の新芽、グーズベリー、蟻をトッピングに、発酵させたトマトジュースにひたした野菜のテリーヌ(右)。

セミドライしたトマト、焦がしたニンニク、ローストした蟹に海藻のオイルとキャラメルクリームをかけたタルト。

現在では多くのノルディックレストランが世界中に存在するが、〈Kadeau〉は特別だ。自国が築いてきた食文化を第一に、それを自国の食材で完結させるという徹底した哲学がある。そしてデンマークの中でも特別な島とされるボーンホルムをバックボーンに持つ。ボーンホルム抜きには〈Kadeau〉は成立せず、ボーンホルムに生まれ育った彼らだからこそ〈Kadeau〉というレストランを作り上げることができたのだろう。

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