週替わりでプロダクツを紹介する連載コラム
今週の推薦人は日用品愛好家・渡辺平日

no.26 | more treesのスツール

こう書くと語弊がありそうだが、僕は物に対して愛着を感じることがほとんどない。自分にとって雑貨や家具は、敬い、ときに畏れるものである。大げさに聞こえるかもしれないが、たしかにそのような感覚がある。

それはちょうど、猟師と熊の関係性に似ている。狩人にとって獲物は、敬意と畏怖の対象であり、同時に生命の糧でもある。なかには例外があるかもしれないが、基本的には愛情の対象にはなりえないだろう。

生命の糧と書いたが、それは金銭という意味ではない。表現が難しいが、言うなればそれは存在意義に近い。そう、自分にとって物とは、存在価値なのだ。(ちなみに、僕の故郷では狩猟が盛んに行われており、猟師はごくごく身近な存在だった。そうした出自がこのような思想に繋がっているのかもしれない)。

ただ、ときにそうした“障壁”を飛び越えてくるプロダクトも、少なからず存在する。いま僕が座っている〈more trees〉の『スツール』も、そのひとつだ。

デザイナーや加工方法、産地や材料……。現在流通しているプロダクト、とりわけ家具には、様々なバックグラウンドが付与されている。それらを調べることはとても楽しい。だが、知らなくてもなにも問題はない。僕はこのスツールについて、ほとんどなにも知らない。自分にとって彼、あるいは彼女は、作品ではなくただの愛しいスツールなのだ。

この美しい佇まいを見てほしい。美しさと同時に、清らかさも感じる。百年先も色あせないプロダクトとは、まさにこういう物を指すのだろう。ボイジャー探査機は黄金のレコード盤と一緒に、このスツールを宇宙に送り出すべきだったのではないだろうか(一応言っておくけど冗談です。でも、そう思ってしまうくらい良いプロダクトなのだ)。

そして、手触りも美しい。表面を撫でると「サア……サア……」という音がする。(もし天国に海があって、その砂を指でなぞったら、こういう音がしそうだな……)などと、訳の分からないことを考え出してしまう。

そうなのだ。このように、いったん愛情を抱いてしまうと、僕はフラットな視線を保つことができなくなる。日用品を研究するものとして、審美眼を狂わせることは絶対に許されない。だから、半分意識的、半分無意識的に、愛着を持たないようにしているのだ。

しかし、いまの僕はどうだ? 喩えれば、熊に向かって求愛している猟師ではないか。

……”獲物”が”物”で良かったと心から思う。もしこれが猛獣相手だったら、僕はもうこの世にはいなかったことだろう。

スツール-シングル ¥10,584(税込) スツール-ダブル ¥14,904(税込) スツール-ロング ¥20,304(税込)/more trees

more trees store more-trees-design.jp/project/stool/

渡辺平日

渡辺平日

雑貨やインテリア、日用品や家具を売ったり買ったりする仕事をしています。健康的で美しく、清らかなプロダクトを愛しています。いつか、百年使っても壊れない丈夫な道具と、百年眺め続けても見飽きない調度品を取り扱うお店を開きたいと思っています。

Twitter:@w_heijitsu