いま「お茶」のシーンが見直され、新たなムーブメントが起こっている。日本有数の茶の生産地である静岡では、〈茶事変〉というプロジェクトが立ち上がり、お茶カルチャーに一石を投じている。茶葉消費量の減少、単価の下落、生産者の高齢化.......。様々な理由でお茶を作る人が減り、耕作放棄によってこの瞬間にも茶畑が失われている中で、お茶の魅力を多くの人に届けたい。お茶文化の新たなカタチをつくる〈茶事変〉に関わる、個性豊かな4人の茶農家さんを訪ねた。

静岡市清水区を流れる興津川上流に位置する山里に、“両河内”と呼ばれる茶農家の集落があります。片平次郎さんは、この地で代々お茶を作っている「豊好園」の三代目。急な斜面を登り辿り着いたのは、標高350mの茶畑にある「天空の茶間」。まさに天空に浮かんでいるかのような、日常とは別世界のロケーション。ここは、子供時代の片平さんにとって最高の遊び場でした。小さい頃からお茶作りへの関心も強く、お手伝いもよくしていたそう。



「畑を分け入って、茶木を叩いたり、土を触ったりしていれば幸せな子供でした。休みの日に親父の手伝いをするのも、全然苦じゃなかったなあ。親父について回りながら手伝ってると『次郎はお茶作りに向いている』って言ってくれるんです。子供だから、その気になるじゃないですか。自然と家を継ぐと決めてました」

父親の豊さんは、この日も近所に住むイギリス人と一緒に畑で精を出していました。まったく話せなかったという英語でコミュニーケーションを取りながら、にこにこ作業をしています。



「『豊好園』という茶園名の“豊”は片平家初代の“豊次郎”から、“好”は茶農家を始めた祖父の”喜好(きよし)“から取ってるんですけど、親父を知る人は『豊さんがお茶好きだから』と思ってるみたい(笑)。そういう人なんです、親父は。体が痛いだとか儲からないだとか、仕事の愚痴をけっして言わなかったですし、子供心に『お茶農家は楽しいんだろうな』って思ってました」



お茶好きの遺伝子を父から受け継いだ片平さん。茶作りをしている仲間からも「次郎さんは、お茶に触れている時間が長い」ともっぱらの評判です。通常、お茶作りが休みとなる冬の間も茶の木を抜き整地して、春がきたら茶の木を植えています。


「僕は、お茶のプロでありたい。なので、お茶に触れている時間の長さでは、絶対に負けない自信がありますね。もう、生き方そのものと言ってもいいかもしれない。取材を受けると『お茶農家をやっていなかったら、何をしたいか』と聞かれることがあるんです。その想像をするのが怖くって。僕からお茶を取ったら何も残らないですから。お茶を一生懸命作ることが、自分の幸せ。これが質問の答えですね」

どうやら、子供の頃、父親の背中を見て感じていた『お茶農家って楽しんだろうな』という思いは、間違っていなかったよう。

「365日、毎日が楽しくて仕方ないですよ。大好きなお茶を作ったお金で生活できるんだから、もっとお茶に感謝しないといけないし、お茶とともに生きていきたい」



もういっぺん、お茶を産業として復活させたい

片平さんは「お茶自体が作った味」を出すのがモットー。そのためにこだわるのは、まず土壌作りです。

「人間のエゴではなく、お茶が育ちやすい環境を作ってあげるのが、僕の仕事。肥料をたくさんあげれば、旨みのアミノ酸をたくさん蓄えることができけど、はたしてお茶はそれを求めてるのか。いろんな考え方があって、どれも否定はしませんが、僕が思うに、肥料で栄養をガンガン与えるのは、無理に太らせるフォアグラと一緒で、お茶がかわいそう。一方で、肥料も農薬もまったくあげないで、出てきた芽を摘むだけ摘むというのも、お茶に申し訳ないんですよね」


豊好園には、摘んだ生茶を加工する工場があります。そこには、70年ほど前の機械が現役で動いています。オートメーション化されていないので、直接手で葉の水分量を確認しながら、温度や風量を調節しなければいけないので、ひと時も気が抜けません。

「僕が一番好きなのは、熱風を当てながら葉を揉んで水分を飛ばしていく粗揉機。熱風が強すぎて一気に乾燥すると茶葉に艶が出ないし、それを怖がって風を弱めるとお茶の色が赤黄色くなってしまう。デリケートで、どちらにも転ばないように調整するのが楽しいんです」



この工場は、品評会用の製茶にしか使わないので、年10日ほどしか稼働させません。1日20㎏ほどしか作れず、手間もかかるのに、あえて使い続けるのには理由がありました。

「この工場で揉むことで、1年かけて育てた茶葉の状態を手の感覚で覚える。その感覚を営業用の畑作りや製茶にフィードバックできるのが、オート化されてない機械を動かせる最後の世代である、僕のアドバンテージだと思っています」

現実的な話をすると、お茶農家を取り巻く状況は甘くなく、丁寧に育て、製茶する一番茶だけで生計を立てるのは難しい。

「ドリンク屋さん(メーカー)と組めば、畑の面積を増やした分、お金になるので、その道を選ぶ若者が多いんです。でなければ、自分たちで小売りも頑張るしかないけど、それでは農家が商人になってしまう。それが僕は嫌なんです。味を追求するのが農家。なので、一番茶用に丁寧に作れる小さなラインと、ドリンク屋さんの大量注文に対応できて、生活費を確保できる大きなラインを持った『茶農家集団ぐりむ』を作りました」




広い視野でお茶業界の未来を見据える片平さんに、将来の夢を聞くと「フェラーリに乗りたい」と、笑いながら答えます。その意外な答えにも、大好きなお茶を思う気持ちが隠されていました。

「景気がよくないから、子供には絶対に継がせないみたいな感じになってるんですよね。そんな中で、茶農家の僕がフェラーリに乗ってたら『お茶って意外と儲かるじゃん』『あの人みたいになれるんだ』って思わせられるかなって。茶事変の茶の間でお茶を味わってもらう体験も、お茶の輪を広げたくてやっています。来てくれた人が写真をSNSにあげてくれたら『お茶を飲んでみたい』『買ってみようかな』って興味を持つ人が増えて、消費に繋がるでしょ? 僕はもういっぺん、静岡のお茶を産業として復活させたいんです」

片平次郎さんが育てるお茶
冠茶 天空

駿河と山梨を結ぶ駿州往還の支流、両河内にある天空茶園で採れる春の芽を遮光して育てたかぶせ茶。
濃厚な旨味、甘味。静岡の山のお茶を堪能して下さい。


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豊好園
静岡県静岡市清水区布沢270
054-396-3336
http://houkouen.org/