いま「お茶」のシーンが見直され、新たなムーブメントが起こっている。日本有数の茶の生産地である静岡では、〈茶事変〉というプロジェクトが立ち上がり、お茶カルチャーに一石を投じている。茶葉消費量の減少、単価の下落、生産者の高齢化.......。様々な理由でお茶を作る人が減り、耕作放棄によってこの瞬間にも茶畑が失われている中で、お茶の魅力を多くの人に届けたい。お茶文化の新たなカタチをつくる〈茶事変〉に関わる、個性豊かな4人の茶農家さんを訪ねた。
静岡県の山間部にある大川地区諸子沢。標高約500mに位置する『黄金みどり茶園』では、世界でも類を見ない緑茶を栽培している。その名も「黄金みどり」。名前の通り、緑茶なのに黄金色をしたお茶である。「やぶきた」の突然変異種、なのだそうだ。
「ある日、親父と2人で茶園に出たら緑の畑の中にたった一本だけ、金色の芽が出ているのを見つけたんです。34年前、僕が就農した年のことです。突然変異で出現したのだろうけれど、金色のお茶なんて珍しいし、面白そうだからこれを増やしてみようかって」
『黄金みどり茶園』の茶師、佐藤浩光さんによれば、はじめは「ほんのお遊び」だった。ここはもともと佐藤さんの実父が始めた茶園で、当時は他の茶園と同様、「煎茶の王道」と呼ばれる地元産のやぶきたを栽培していた。他と違ったのは、佐藤さんも父親も人とはちょっと違うことや、冒険や遊びが好きだったこと。たった一本出現した突然変異の親木から、挿木で1本1本、苗木を増やそうなんて酔狂にも程がある。
豊富なアミノ酸含有量 普通の茶葉とは性質が真逆の、摩訶不思議なお茶
「ようやく苗木が増えてきた数年後、試しにそのお茶を飲んでみてびっくりしました。その味わいは濃厚でコクがあり、口の中に爆発的な旨味が広がる。こんなお茶、これまで口にしたことがなかった。後に静岡大学で黄金みどりの学術研究が始まるのですが、それによると普通のお茶よりも旨味のもとであるアミノ酸含有量が多いことが判明しました」
普通の緑茶はアミノ酸を増やすために施肥するのだが、黄金みどりは日光に当てておくだけでアミノ酸がどんどん増える。玉露はアミノ酸量を増やすために遮光するのだが、面白いことに黄金みどりの場合は遮光するとアミノ酸値が下がってしまう。普通の茶葉とは性質が真逆の、摩訶不思議なお茶なのだ。
「黄金みどりは新芽だけが金色で、その下の硬い葉は緑色なんです。金色の葉は光合成できないから緑色の葉が一生懸命光合成して栄養分を金色の葉に送り込んでいる。普通の茶葉は上にある新芽にアミノ酸が含まれているのだけれど、『黄金みどり』はそこも逆なの。どうしてこういう構造になったのか、まだそれも解明されていない。不思議な茶葉なんだよね」
標高500mの黄金みどり茶園でしか育たないテロワール
突然変異ということもあり、「黄金みどり」は環境の変化にもめっぽう弱い。研究用に、と静岡大学に持っていった苗木は全て枯れてしまったとか。茶園の標高は500m、静岡大学のキャンパスがある海に近い平野部とは日照量や気温も違う。「この環境だから出現した茶葉なんだ」と佐藤さんは言うけれど、とするならこれぞまさしくテロワール! 諸子沢の、佐藤さんの畑の気候、標高、土壌、風、日照条件が醸した味わいに他ならない。お茶の産地では機械化が進んだ結果、次第に茶葉が均質化されて個性が失われていったという背景があるが、佐藤さんは四半世紀以上を費やして唯一無二のお茶を実現させた。
「何十年もかけてようやくここまでの規模に育ったけれど、それでも年間の生産量はわずか80kgほど。火入れも昔ながらの機械で5kgずつ手揉みしているし、毛茎や茎の削れたものを取り除く仕上げの選別も、電気選別機にかけられないから手作業なんです。もっとたくさん作ってみんなに飲んで欲しいけれど、手間も暇もかかるから限界があるんですよ」
現在のラインナップは、いわゆる蒸し製の煎茶に、大きな釜を使って高温で炒ることで発酵を止める釜炒り茶、白茶、窒素ガス濃度を高めた空気で密封してガンマアミノ酪酸(通称ギャバ)を高めたギャバロン茶の計4種。ここで佐藤さん自ら、釜炒り茶を振る舞ってくれる。いわゆる緑茶とはかけ離れた薄い黄色の茶葉が、茶器の中でゆっくりと開いていく。1煎目はまるで出汁のような力強い旨味。2煎、3煎と杯を重ねるごとにお茶の柔らかい余韻が広がっていく。
「親父は苗木を増やすのに苦労し、僕は売るのに苦労しました。5年前、そろそろ本気で売ろうと決意してイベントに出るようになったけれど、『黄金みどり』なんて誰も知らないからね。でも一口飲んでもらうと、誰もが『おっ』と言ってくれる。それだけを励みに少しずつ『黄金みどり』のファンを増やしてきました」
現在は「幻のお茶」と呼ばれ、全国の問屋から引き合いが殺到している「黄金みどり」。すべてのリクエストには到底応えらないが、〈茶事変〉には二つ返事で参画を決めた。
「この黄金色の畑にプライベートティーテラスを作るという『茶の間』の視点が斬新でね。静岡は古くからの産地ということもあり、お茶を取り巻くシステムが出来あがっているけれど、なんでもありのこの時代、旧来型のシステムに依存するより、新しいこと、面白いことを常に考えていきたい。百姓だけれど気持ちはベンチャーで、ね。お茶業界に新風を吹き込んでくれそうな〈茶事変〉に多いに期待しています」
世界にここだけの黄金色の茶畑で、唯一無二の体験を。一杯のお茶に込められた作り手の思いを味わおう。
佐藤浩光さんが育てるお茶
煎茶 黄金みどり黄色い葉が特徴の希少品種・黄金みどりの煎茶。2020年新茶です。
濃厚な旨味と強い味わい、水出しで楽しむと色鮮やかな茶の葉の特徴を楽しめます。
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