いま「お茶」のシーンが見直され、新たなムーブメントが起こっている。日本有数の茶の生産地である静岡では、〈茶事変〉というプロジェクトが立ち上がり、お茶カルチャーに一石を投じている。茶葉消費量の減少、単価の下落、生産者の高齢化.......。様々な理由でお茶を作る人が減り、耕作放棄によってこの瞬間にも茶畑が失われている中で、お茶の魅力を多くの人に届けたい。お茶文化の新たなカタチをつくる〈茶事変〉に関わる、個性豊かな4人の茶農家さんを訪ねた。

どこまでも茶畑が広がる牧之原台地で、釜炒り茶の栽培と製造を手掛ける柴本俊史さん。祖父、父と続いたお茶農家を継ぐことに、最初は迷いがあったと振り返ります。

「家族から家を継ぐんだと言われて育ち、自分でもそういうものかなと漠然とは思っていました。ただ、中学生で進路を決める時に、思春期ですから反抗心というか、継ぎたくない気持ちがあったんです。ただ、継がないにしても、お茶のことを何も知らずに決めるのはもったいないなと。親父がやっているお茶とは何なのか。ちゃんとわかってから決めようと思って、お茶について学べる高校に進学しました。そうしたら、知れば知るほど奥が深いし、すごく面白くなっちゃって(笑)。どんどんのめり込んでいきました」

「継がない理由を見つけるためだった」という進路選択が、柴本さんの人生を決定づけました。釜炒り茶に出会ったのです。日本茶は、蒸気で加熱するのが主流ですが、釜炒り茶は、摘んだ生の茶葉を釜で炒ることで酸化を止めるので、独特の香ばしさと芳醇な香りが特徴。本場は九州で、静岡にはほとんどない製法で、高校時代に初めて出会った柴本さんは、その時の感動をこう語ります。

「僕の辞書にはない、分析できない香りだったんです。普通、煎茶は、飲んだ瞬間に旨みがドカンと来るんですけど、釜炒り茶はそれがないんです。その代わり、カンロ飴のような甘さと炒り豆が原料のお菓子のような香ばしさが鼻の中に広がっていく。『こんなお茶、飲んだことない』と衝撃を受けました。あの時の衝撃は、何ていうんだろう。たとえば音楽でも、好きな音楽を見つけた時って『これだ!』っていう、理屈ではない感覚があるじゃないですか。直感というか……。そう、“ときめき”ですね」



釜炒り茶に魅せられた柴本さんは、「家は継ぐけど、釜炒り茶をやる」と宣言。高校卒業後も静岡県立農林大学校を経て、釜炒り茶を極めるために、宮崎県の有機栽培で茶葉を育て、作った釜炒り茶を自販する農園で2年半ほど研修を積みました。

美味しいお茶を発見するお手伝いがしたい

静岡に戻ってきた柴本さんは、理想とする香りを求めて、試行錯誤を重ねていきます。それは今でも変わりません。たとえば、肥料。柴本さんが案内してくれた茶畑には、静岡名産のみかんの皮が大量にまかれた一画がありました。

「新しいことを試して、検証するのは好きですね。その結果こそが、価値になるんだと思います。柑橘農法も、香りが変化するか試しているんです。実は、お茶の香りの成分は油で、柑橘系の皮もかなり油を含んでいるんです。みかんの皮の油をお茶が吸い取って、香りに変化が出たら面白いなと思って始めました」



柴本さんの取り組みの中でユニークなのが、名付けて“ヤギ農法”。飼っているヤギのさくらとシロの母子ヤギの堆肥を使い、自然循環型の栽培を行っています。ヤギたちは、雑草を食べるという役割も担っているそう。また、茶木の仕立てにもこだわりがあります。

「さほど規模が大きくないからできることではありますが、通常のかまぼこ型ではなく、下を張っていく枝を剪定ばさみでカットして、風通しをよくしています。手間はかかりますが、こうすることで病気にかかりにくくなると、無農薬栽培をしている人たちの間で言われているんです。牧之原という自然の中で、茶の木がのびのび生きられるようにサポートしてあげたいですね」

そうやって丹精込めて育てた茶葉を摘む瞬間が一番楽しいと言います。

「摘む瞬間がスタートなんです。ここからどうやってブレンドすれば、理想とする味と香りに近づけていけるか。そう考えながら摘んでる時が一番楽しいです」

柴本さんのお茶は、ブレンドが非常に大切な工程です。新茶ではなく何年か熟成させ、それも微妙に異なる製法を経た茶葉を何度もテイスティングして、理想とする味と香りを実現させるために微調整していきます。



この日は、2017年の7月に作ったウーロン茶のテイスティングに参加させてもらいました。摘むタイミング、手炒りか機械炒りか、乾燥途中で冷蔵庫で保管するか冷凍庫でするのか、それだけでもずいぶん香りのふくらみや味のまろやかさに差が出ます。その個性をどうやってブレンドするかが、柴本さんの腕の見せどころ。何度も香りを確かめ、お茶を口に含みイメージを膨らませていきます。すると、新しい挑戦に貪欲な柴本さんは、いいアイデアを思いついたよう。



「テイスティングを、茶の間に来てくれた人にやってもらうのも面白いかもしれませんね。今、僕が目指しているのは、ペットボトルのお茶では提供できない、お茶の価値を知ってもらうこと。それが、お茶を介して、僕が社会にできること。自分でお湯を沸かし、お茶をいれて本を読むだとか、当たり前のようにお茶がある暮らしになるといいなと思っています。“大地の茶の間”は、駿河湾がすぐ近くにあって、富士山も間近に見られる最高のローケーション。ここを訪れたことが、美味しいお茶の存在に気づくきっかけになったり、本当にお茶が好きな仲間を増やしていく活動をしていきたいですね」

柴本が育てるお茶 烏龍茶 焙煎香茶

牧之原で造る国産の烏龍茶は、台湾で修行した茶師の技術が込められた逸品。
100度以上の熱を加えて甘く華やかな香りと清々しい飲み口を携えた本格派です。


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釜炒り茶 柴本
牧之原市勝俣2695
kamacha.jimdofree.com