いま「お茶」のシーンが見直され、新たなムーブメントが起こっている。日本有数の茶の生産地である静岡では、〈茶事変〉というプロジェクトが立ち上がり、お茶カルチャーに一石を投じている。茶葉消費量の減少、単価の下落、生産者の高齢化.......。様々な理由でお茶を作る人が減り、耕作放棄によってこの瞬間にも茶畑が失われている中で、お茶の魅力を多くの人に届けたい。お茶文化の新たなカタチをつくる〈茶事変〉に関わる、個性豊かな4人の茶農家さんを訪ねた。

日本一高い富士山から日本一深い駿河湾にかけて広がる裾野、約25万人が住む富士市の富士岡地区。この地で五代に亘り茶業を営む本多家は、戦時中は海軍に、戦後はGHQに茶を納め、現在は茶葉の栽培から製造・販売までを行っている、『自園・自製・自販』の茶園だ。本多家の五代目である茶師の本多茂兵衛さんは、〈茶事変〉の立上げメンバーの1人。玉露の産地として名高い福岡県八女で茶づくりを学んだ後、2010年に帰郷し家業を継いだ。



「八女と富士では茶葉の生育環境が違うんですね、緯度も経度も違うから。八女は日が昇るのも暮れるのもこっちより遅いし、そもそもの日照量も違う。季節の移り変わりも1ヶ月半くらいは速いように感じます。だから同じように茶園を管理しようとするとうまくいきません。そこで土壌や肥料ばかりでなく、緯度経度、日照量、地質の個性を見極めるようになりました。自分がどういう土地でものづくりをしているのか、理屈でものごとを考えるのが好きなんでしょうね」
もともと本多家には進取の気性が流れているのだろう。初代は茶農家にして茶を製造する茶師へと舵を切り、二代目は紅茶を、三代目は深蒸し茶を作るように。四代目は小売と卸売を始め、五代目の本多さんはお茶を作るのみならず、そこからさらに歩を進め、お茶にまつわる体験の提供に取り組んでいる。なぜ「体験」か。それは、お茶を飲む習慣が失われてきていると感じたことがきっかけだった。



「イベントで店頭に立つようになってわかったのは、東京の人にはお茶を飲む習慣がほとんどないということでした。試飲はしてくれる、おいしいとも言ってくれる。けれど売れない。それは自宅でお茶を淹れて飲む習慣がないからです。お茶はペットボトルで飲むもの、だから家に急須があるという人もほとんどいません。その一方で、お茶がどうやってできるのかはみんな知りたがる。静岡県人にとっての当たり前は、東京やその他の地方では当たり前ではない。そんな地域差によるお茶事情から、お茶そのものだけではなく『お茶体験』の提供を考えるようになったのです」


「お茶会」体験は、お茶本来の滋味に気づく場所

まず始めたのが、お茶作りの体験会。2013年当時、茶園に残されていた木造の工場を使い、県外や海外からの参加者を集めてお茶ができるまでを体験してもらった。これが好評を博し、続いて「お茶会」を開くようになる。茶会というと茶道のそれをイメージさせるが、実際にはティーパーティに近く、歓談のある楽しいもの。本多さんが心がけたのは、ゲストの、お茶に対する心理的ハードルを低くすること。お茶の知識を全く持たずに楽しんでもらえる、そんな気楽なコンテンツを意識した。




「高度経済成長時代、急須は一気に家庭に広まりましたが、気づけばペットボトルに取って代わられました。いまは急須を持っていない家庭も多く、茶葉と急須を渡してもどう飲めばいいのかイメージが湧かない人も多いでしょう。急須で淹れたお茶の味を知らない人が、丁寧に淹れたお茶本来の美味しさに気づく場所。それが私の催すお茶会です。」

さらに昨年から新たに試行しているのが「さらい」と呼ばれるお茶のワークショップだ。ゲスト同士が互いにお茶を振舞い合うだけ、茶師からのレクチャーは何もない。それでも、茶を振る舞う過程で自分以外の人に淹れてもらうお茶の美味しさに気づき、誰かのためにお茶を淹れることの愉しさに自然と触れることになる。

「自分のためにお茶を淹れるのは面倒でも、もてなしだと考えると『やってみようかな』と考えるものなんです。ペットボトルで飲むことが『ケ』とすれば、人に急須で振る舞うことは『ハレ』になります。人に振る舞ってもらったお茶はおいしいし、誰かにおいしいと言ってもらえれば嬉しい、自信になる。人に振る舞ったり振る舞われたりしながら急須で飲むお茶がもっと身近な存在になったら、お茶のイメージも変わってくるんじゃないかな」



お茶は自由で、愉しいもの。「茶事変」を通して、直感的に伝えたい

人類が茶とともに歩み始めて、約5,000年。その時々の社会に合わせ、人々がより楽しめるよう茶師たちがその有り様を工夫してきたからこそ、お茶は飲み物としてのみならず、文化としても成熟してきたのである。便利さや手軽さを求める現代のライフスタイルにあって、産業、文化の両面でお茶が岐路に立っているのは事実だが、現代の茶師たちもいまを生きる人々に合う様式を意識して試行錯誤を始めている。その一つが、「ハードルを下げ、直感的に『おいしい』、『面白い』と思ってもらうことを大切にしたい」という茶師・本多さんの思いを形にした、〈茶事変〉なのだ。現代アーティストの友人と、最高においしい一杯のための東屋を茶園の中に作ったり、お茶とお酒のインフュージョンというスタイルを模索したり。お茶に親しんでもらおうという本多さんのアイデアはそれぞれ、『茶の間」、『宵茶』を含む、〈茶事変〉の根幹を成すプロジェクトに育ちつつある。




おいしいと感じたら、次は色々と飲み比べて好みの茶葉を探してみよう。お酒と合わせたり、料理と合わせたり、こんな楽しみ方があったのかときっと世界が広がるはずだ。「百の茶は百の道に通じる」。より多くの人にお茶の愉しさを伝えようと、本多さんは今日も、お茶と人との新たな出会いに思いを巡らせている。


本多茂兵衛さんが育てるお茶
『煎茶 ごらいこう』

富士山麓で作る農薬不使用の煎茶は、登山道でのみ味わえる渋味と甘味の豊かなおもてなしのお茶。
登山者の気分でお楽しみ下さい。


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富士山まる茂茶園
静岡県富士市富士岡1765
0545-30-8825
http://corp.fuji-tea.jp