トラベルライフスタイル誌『PAPERSKY』の編集長を務めるルーカスB.B.さんが10年近く夢中になっている“古道歩きの旅”。最近では前ページで紹介している木曽路を歩いた。島崎藤村の「木曽路は、すべて山の中」というフレーズで知られる木曽路は中山道の中でも山深いエリアに育まれた宿場文化も魅力である。

「大自然に触れられるトレイルよりも、木曽路のように宿場町や関所、茶屋など日本の歴史や文化を感じさせる、古い街道歩きに惹かれる」というルーカスさん。

始まりは490kmを16日間でスルーハイクした東海道だった。
もともと歩くことが好きで暇を見つけては山登りやトレイル散策もしていたけれど、自然の風景だけではどうも飽きてしまう。
その点、街道歩きの場合、整備された舗道もあれば、随所に山深い峠道も盛り込まれていて、自然と都会、どちらの風景も楽しめる。つまりは歩きとお楽しみのバランスがちょうどよかった。

初の長距離は勝手がわからず、足が血豆だらけになったけれど、道沿いには一里塚や庚申塚、和菓子屋や茶屋が次々に現れて楽しませてくれる。
これをきっかけに、すっかり街道の魅力に取り憑かれてしまった。いつしか歩き好きの仲間が集まって、まとまった休みの取れる年末に長距離を踏破するようになった。熊野古道の古辺道、鯖街道、銀山街道、芋の道、小豆島のお遍路歩き、塩の道、そして木曽路。旅を重ねる度に充実してきたロングウォークの旅は、外国人に限らず日本人にも注目されるようになった。


忘れ去られるものに光をあてる

街道の奥深さは、人や生活物資だけでなく、信仰や文化を運ぶ役割も担ったことにある。
例えば鯖街道は鯖や魚を運ぶ産業道路というだけでなく、華やかな大陸文化をいち早く都に届けた歴史の道でもあった。だから街道を歩いたアーティストはこの風景や物語をたくさんの作品に残している。

ロードノベルの金字塔、十返舎一九の『東海道中膝栗毛』。江戸時代のポップアーティスト、歌川広重による『東海道五十三次』。ルーカスさんは200年以上の時を超え、かつての旅人が詠んだり描いたりした景色を訪ねて歩いた。
当時の風情をそのままとどめているロケーションもあれば、かつての面影を微塵も感じられない場所もあった。歴史を刻んだストーリーや文化が忘れ去られ、打ち捨てられ、消えてしまいそうになっていることに危惧を抱くようになる。

「アメリカでは200年より古いものにはほとんどお目にかかれないけれど、日本では1000年前のものが当たり前のように残っていたりする。本来なら文化財として保護されるべきものなのに、当事者がその本当の価値に気づいていないケースさえあって、それが心底もったいないと思ったんだ」

木曽路の旅で最も印象に残ったのは、全国に先駆けて住民たち自らが景観保全運動に立ち上がったという、妻籠宿の試みだった。高度経済成長時代の真っ只中にあった1970年代、妻籠宿は家屋や建造物はもちろん、周囲の野山の景観もすべて含めて地域に伝わる文化の伝承に努めるという先進統的建造物群保存地区に選ばれた。

「ここがすごいのは博物館的な保存地区ではなくて、江戸時代の建物が現在も変わらず生活の場として機能していること。妻籠宿=古い街並みということは知られているにしても、その背後にある物語を、日本人はもちろん、ここを訪れる外国人にもっとアピールしなくてはと思った」

はじめは私的な遊びとして取り組んでいた古道歩きだが、現在は『PAPERSKY』の一プロジェクト“、OldJapaneseHighway”として同誌で旅の模様を連載している。また、この夏には同プロジェクトから生まれた全篇英語のガイドブックシリーズ、『Hike&BikeJAPAN』も誕生する。

自分たちが古い道を歩くことで、消えつつある文化や街道に光が当たり、少しでもたくさんの人がその価値に意識を向けてくれたら。“OldJapaneseHighway”プロジェクトにはそんな思いが込められている。


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