「インドには生きた手仕事がある」そう語るのは、ISSEY MIYAKE INC.ブランド〈HaaT〉トータルディレクター皆川魔鬼子氏。テキスタイルデザイナーとして第一線で活躍してきた彼女が、約40年前のインドで目にしたのは、使い込まれ人々の体に良く馴染んだ美しい布の数々だった。そしてその光景は、現在も〈HaaT〉のなかで生き続けている。
最新技術を駆使し、新たなものづくりに挑戦し続ける彼らは、今なぜ「手仕事」というとても原始的な方法を選択するのだろうか。その答えはインドの今にあった。

一週間のインド滞在も最終日。余裕のあったバックパックはこの旅で買った布でいっぱいになった。ホテルのチェックアウトを済ませ、お世話になった職人やスタッフに会いに再び工房へ向かう。今日も大通りはクラクションの嵐。でも明日からこれも聞けないのかと思うと、なんだか急に寂しくなった。


工房にある野外食堂と、木漏れ日が差し込むオフィスの窓 


割れてしまった陶器を再利用したタイル。工房やホテルなど、街中でよく見かけた

心地よさとは何か

工房のスタッフとチャイブレイクをしていると、アシャさんとスリッドさんが、わざわざお別れを言いにきてくれた。

「これは、私たち工房からのプレゼントよ」

そういって小さな包みを手渡された。中から出てきたのは、真っ白なカディのストール。手に取るとそれはとろけるように柔らかく、陽にかざすと向こうがキラキラと透けて見えた。首に巻いて顔をうずめる……。その心地よさに思わずため息がでた。

「触れたとき、気持ちいいと思ってもらえることが一番。布にくるまると、なんだか落ち着くあの感覚…… 私たちはそれをとても大事にしているの」
アシャさんのその言葉は〈HaaT〉の服の中に、確実に織り込まれている。そしてその根っこにあるのは、〈ISSEY MIYAKE〉が語り継いできた「人々に感動や喜びを与える、快適な日常のためのものづくり」だ。

〈ISSEY MIYAKE〉とインドとの出会いから約40年。その感動や喜びのため、遠く離れたふたつの国の間では今日も熱い議論が交わされている。


〈HaaT〉2019秋冬コレクション


昨年、プリツカー賞を受賞したバルクリシュナ・ドーシ設計のAmdavad Ni Gufaで遊ぶ子供たち

戻ることで、見えたもの

この一週間、インドという国を理解したくて、目に見えるもの聞こえるものをできるだけすべてをキャッチしようと必死だった。むしろインドという国を知ろうとすればするほど、よりわからなくなる気さえした。

でもひとつだけ分かったこと。それは手仕事の可能性だ。

〈HaaT〉やアシャさん、工房の職人、ブジョーディ村の人々…… あえて「手」で作ることを選択した彼らは、ものづくりの原点に戻ることで未来をつくっていた。それは、この地球上のものが無限ではないことを知っているから。

限られた資源のなかでさらなる発展を遂げるには、まったく新しいものをゼロから作り上げるだけではなく、今すでにあるものを再発見しそれを現代に変換していくしかない。短い期間で見れば何も変わらないかもしれない。逆に後退しているように見えるかもしれない。しかしそれは、確実に前に進んでいる。


“The future depends on what we do in the present.”
未来は「今、我々が何をするか」にかかっている

約100年前にガンディーが残した言葉のように、未来をつくるのは今の私たちの選択だ。私たちの子供や孫がこれから数百年心地よく生きるために、今私たちは何を選択していくべきなのか……。

その答えの一つは、手でつくることかもしれない。





(完)

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HaaT
テキスタイルから発想するブランドとして2000年にスタートしたブランド。日本で開発する上質なテキスタイル、そして長く培われてきた技法を今の衣服に活かしたものづくりを行う。
isseymiyake.com/haat/ja