いま東京の食が面白い。海外のレストランを経験した若いシェフや、日本を目指して来訪した外国人シェフたちが、クリエイティビティをいかんなく発揮して新時代を生み出しつつある。そんなグローバルな動きを支えるのが、日本のローカルな生産者たちだ。環境と共存し、土地の味=テロワールを理解する彼らの存在があってこそシェフの想像力が刺激される。そんなグローバルとローカルの絶妙な均衡が生む稀有な食体験へ、いざ!
料理界を革新した北欧のレストランのDNAが
日本の食材、環境、自然観を受け止める
2016年の1~2月にかけて、コペンハーゲンのレストラン〈noma〉が東京で期間限定のポップアップレストランをオープンして話題をさらった。瞬く間に予約は埋まり、日本の食通たちを唸らせたのと同時に、シェフであるレネ・レゼピは、食材を求めて日本を旅しながらこの国の自然と豊かな食材群に魅了された。
旬のアワビには、出始めでみずみずしい蓮根の種を合わせ、季節の移ろいも料理に表現。
東京で新レストランを立ち上げる計画がやがてスタートした。「食」もコンテンツのひとつと考える出版社のKADOKAWAにレゼピはアプローチした。同社の自社ビル9階にて、社員たちにも秘密裏に改装工事が行われ、ビルの正面玄関とは別に直接レストランへと向かえる新しい専用エントランスも設けられた。店名は〈INUA〉。イヌイットの本質である「生きとし生けるものに内在する精神」を意味する語が採用された。
食後のバータイムを楽しめるラウンジの壁面には、乾燥した海藻類が額装して飾られている。
若いスタッフがキビキビと午前中から下ごしらえを行う。
シェフに就任したのが、〈noma〉でレゼピの右腕として10年間厨房に立ち続けたトーマス・フレベルだ。ドイツ出身の気鋭の料理人も、ポップアップレストランのために来日するとたちまち日本の風土と文化に強く惹きつけられた。
「このレストランでは、日本の食材、季節感、風景からインスピレーションを得て、この国で感じる生命の循環をイメージしながら調理にアプローチします」
具体的な例をわかりやすく提示してくれた。アワビと蓮根の種を用いた一皿だ。今が旬で、季節の終わりが近いアワビと、生で食べられるのがこの時期だけという蓮根の種が絶妙なマッチングをみせる。アワビの出汁や松の葉の香りづけをしたオイルなどを合わせ、季節の移ろいや海と大地の生命の出合いを表現する。いずれも千葉産のものが用いられており、産地という背景のストーリーにも意識を向けていることがわかる。
nomaで培った、
素材への飽くなき探究心
海藻類は、シェフのトーマス・フレベルが日本で興味を惹かれインスパイアされた食材のひとつ。「海の香りを含み、これだけ繊細で異なるテクスチャーを持つ食材の奥深さは日本で学んだ」と、この日に用意してくれた一皿の食材として見せてくれた。
「例えば北海道やノルウェーの海に潜ってホタテ貝を採ったとしましょう。凍るような海から揚げられたばかりのホタテはまだ貝殻を動かしていて、最高に新鮮でベストな状態です。料理人は自然が生み出すそのベストな瞬間には敵わないことを理解したうえで、そのベストな瞬間に可能な限り近づき、ゲストに提供しようとチャレンジしなければいけない。それがおそらく、私が〈noma〉で学んだ最も重要な方法論です」
全国を旅し、生産者との出会いを通して最高の食材を手に入れ、ディナーの席で極上の瞬間を提供する。客をもてなす食事のために奔走して食材を集めたことを語源とする日本語の「ご馳走」の精神が、世界最高峰のレストランからやってきたトーマス・フレベルには備わっている。
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