カウンターに出される料理の数々、それに合わせたペアリングのアルコール、それらが舌に運ばれると、美味しいという味覚よりもほんの少し先に驚きの感情が脳に届く。その料理名はもちろん、食べたこともある、知っているはずの食材の名前もすっと浮かばない。熟成、発酵、乾燥、燻製、焦がし、日本に古くから伝わる調理方法をあらゆる角度から引き出しては重ねる、そんなスタイルがとにかく新しく、なにより楽しい。〈Kabi〉に来ると、知らない土地に足を踏み入れたようなワクワク感がたえず付きまとう。この二人が生み出す食体験を通じて、人は故きをたずねて新しきを知るのかもしれない。

 2017年7月初旬、海外帰りの二人組が帰国後早々にレストランを開くという話が舞い込んできた。メルボルン帰りのソムリエ・江本賢太郎と、コペンハーゲン帰りのシェフ・安田翔平だ。よくよく聞くと、どうやらすでに目黒で物件の契約を済ませ、店舗の設計デザインができる人間を探しているという。妙な縁で友人の建築士と彼らの顔合わせに同席することになったのだが、当時、26歳の安田と27歳の江本は、その年齢が指し示すように次世代の香りをぷんぷんと漂わせていた。

「既存のレストランとは違うことをやる」。これまで数え切れないほどの人間がお題目のように唱えては霧散していった言葉だ。しかし彼らがそれを口にすると、すんなりと受け入れられる不思議な説得力があった。東京の〈TIRPSE〉、コペンハーゲンの〈Kadeau〉といった名だたるレストランで経験を積んだシェフの安田と、メルボルンの〈NORA〉でペアリングを提案し、ソムリエを務めた江本。二人の実績はもちろんのことだが、彼らの並々ならぬ情熱と、同世代の20代から60歳を超える大人までを魅了して引き離さない求心力。この夏の大半を彼らと過ごしたこともあり、二人の人となりを身近で感じることができた。遊ぶときは日が昇るまでとことん遊び、料理やレストラン観の話をするときは真剣な眼差しを向けるその姿から、日本の食文化が次のステージへと向かう道しるべが確かに見えたような気がした。

二人は〈Kabi〉ができる前、2軒隣のビストロ、〈メグロ・アンジュール〉で出会った。自己紹介も早々に、二人ともナチュラルワインが好きなことや、江本がいた〈NORA〉のヘッドシェフの考え方が安田と似ていたこと、そして二人が思い描くレストラン観が合致したことで、またたく間に意気投合。そのままの勢いで〈サーモン&トラウト〉を借り切ってポップアップイベントを行った。お互いどんな料理を作るか、どんなペアリングをするかも知らなかったが、相手のやりたいことが手に取るようにわかる。こういう皿を出したい、それに対してどうペアリングするか、二人が一体となってレストランを開くという決断を下すのにそう時間はかからなかった。

「翔平が作りたいという料理を他の人はよくわからないと言うのですが、僕にはしっかりと伝わる。それを頭で想像して、味をひとつひとつのパーツで考えたときにペアリングもひとつのパーツとして同じ皿に乗ることを意識するんです」と江本は話す。

それに対し安田はこう言う。
「レストランで日本酒を出すことはあっても、焼酎を使ったカクテルを出すことはないですよね。そういうことをやりたいと思っていたら賢太郎も同じことを考えていた。すごく価値観が似ていました」

“発酵” “モダン” “北欧と日本の融合”
しかし、核となるのは“日本の料理”だ

“発酵”“モダン”“北欧と日本の融合”、彼らを表すのにこれまで多くのキーワードが使われてきたが、それらはあくまで要素でしかない。核となるのは“日本の料理”だ。「コペンハーゲンからボーンホルム島に移り、そこで発酵や塩漬けといった保存技法を知りました。それは日本にもある、糠や麹に共通するもの。すぐに日本から送ってもらい、生まれて初めて糠漬けや味噌を作ったんです。出汁や発酵、うまみを引き出す日本の食文化を日本人はちゃんと発信できていないと感じました。だからこそ誰よりも早く自分がやりたかった」。安田だけでなく、江本も同様だった。

「フランスにはフランスの、イタリアにはイタリアのワインがある。でも日本には様々な国のワインが豊富にあり、ナチュラルワインで言うと世界的に見てもトップクラスです。さらには国酒に日本酒があり、カクテルの技術もとても高い。そんな国は日本しかない。でもまだまだ居酒屋文化が強いからか、こういうお酒があると知られていません。だったら自分たちが楽しいレストランを作って発信したらいい。みんなもっとお酒を飲むようになるかもしれないと思ったんです」

〈Kabi〉は誰にでも開いている空間だ。だからこそ何にも気を抜くことなく、食材、お酒、 器、内装、料理すべてにちゃんと心が込められている。もっと言えば、 二人の人間性が〈Kabi〉という空間に染み込んでいる。日本が変わっていくかもしれない、彼らを知る人間たちのそんな期待感がこの空間には満ち溢れている。

Kabi
東京都目黒区目黒4-10-8
TEL 03-6451-2413
不定休
コース19:00~21:30(要予約)
kabi.tokyo