10年ほど前からロゼットというリボンの飾りを作っている。はじめは名前も分からなかったが、ライターとしてファッションや工芸を調べる傍らで手作業をしていると、ふと、この形がどこからやってきたのか気になった。詳しく調べると、同じようなものが世界中に残されていることが分かった。スコットランドの儀式、フランスの闘牛、チェコの民族衣装、そしてインド選挙運動̶̶名前も形も様々だが、どれもおおらか、伝統というよりも土着的で、色や模様にお国柄が出ている。知ってしまったからには見てみたい。以来、好奇心に身を委ね、ロゼットが使わている風景を訪ねては、その由来や想いを聞いてまわる旅を続けている。

数年前、ロゼットの著書をまとめているとき、派手にロゼットをつけている馬の写真を見つけた。どうやらイタリアの島らしいが、締め切り間際、どうやっても取材は叶わない。網羅できないことを悔やんだが、まだ見ぬ物があるのだと、内心は期待に満ち満ちていた。それ以来、機会を伺っていたのだが、どうやら今年はタイミングが合いそうだ。観光は後回し少しだけ情報を集めて、閑散期のサルデーニャ島へ行くことにした。あとはいつもの通り、行けば誰かがロゼットのことを教えてくれるだろう。

太古の遺跡とサルティリア

地中海に浮かぶサルデーニャ島は、イタリアの特別自治州で、シチリア島に次いで2番目に大きな島だ。四国の約1.3倍ほどの面積で、人口より羊が多く、長寿でも有名。紀元前からヌラーゲ文明が興り、ローマ帝国の侵攻や、中世には海上の要衝として栄えた。スペイン統治の時代もあって、多様な文化の盛時を今も色濃く残している。

最後のパレードが終わると観客が「ウーノロゼット!」(ロゼットちょうだい!)と叫び、縁起物として騎士たちが手渡す。

街から少し車を走らせると、街道沿いに組積造の遺跡が姿を現す。ヌラーゲと呼ばれる台形の構造物で、紀元前1500年ごろからこの地に作られ、7000個が現存している。住居や見張り台などとして使われていたらしいのだが、多くは謎に包まれたまま。生活圏に謎の遺跡が散見する様は、この島特有の深遠さを象徴していた。

ロゼットが使われるサルティリアは島の西側、14世紀に中心として栄えたオリスターノという街で500年以上続いている儀式だ。2月のカーニバル(謝肉祭)の後半、日曜と火曜の2日間と決められている。毎年、農業と建築業のギルドから、それぞれ組合長と神の化身であるコンポニドーリを選出するのが慣わし。目的は明快、砂が敷かれた目抜き通りを全速力で馬を駆り、宙につるされた星を細い剣で貫くのだ。獲得した星が多いほどその年は豊作に恵まれると言われ、コンポニドーリが率いるギルドの騎士たちもまた、自慢の馬を競うようにロゼットで飾り付けている。

ロゼットが貰えるかは運次第。手にした人たちが掌に乗せて嬉しそうに持ち帰っているのが印象的だった。裏には騎士の名前が書いてある。

引き継がれてきたロゼット文化

「オリスターノにようこそ、なんでも聞いてくれ!」。街の博物館を訪れると、サルティリアの研究をしているマウリシオ・カスー氏が大きな声で出迎えてくれた。この島の人たちは明るくて気さく、そして言葉や表情は優しさに満ちている。「16世紀の記録には馬の飾りやリボンについての記述がある。ロゼットになったのはいつか分からないが、19世紀初頭の写真には、馬の額と鼻先、そして胸に大きなロゼットが付けられているんだ」。なるほど、古い写真には見慣れた形のロゼットが写っていた。

作り手のリタさんの夫は1981年に農業ギルドのコンポニドーリを務めた。胸に付けていたロゼットと星を取った証しのメダル。

サルティリアの前にロゼットの作り手であるリタさんを訪ねると、「今までで一番筋がいいわよ」と手ほどきしてくれた。ギルドから選ばれた騎手たちは、近親の女性にロゼットを頼むことが多く、街の人たちはリタさんのような経験者に作り方を教えてもらい、少しだけアレンジを加える。凝ったデザインで評判のケティさんという職人は人気で、毎年たくさん依頼を受けているそうだ。オリスターノの他にもたくさんロゼットがあることを話すと誰もが驚いたが、嗜みとしてロゼットが作り続けられていることに、こちらも驚くばかりだった。

人間から神になる着衣の儀式。大勢が見守る中、騎乗で乱れることがないよう、前立や袖のリボンを糸で縫い、最後にマスクを付る。

今年の建築業ギルドの長に選ばれたアンドレア・サンナ(右)とコンポニドーリのアンドレア・ソリナス。大親友の二人は立派に大役をこなした。

ロゼットの伝統が育まれる場所

雲間から光が射す午後、オリスターノの音楽隊に導かれ、シャンシャンと透き通った鈴の音を鳴らしながらコンポニドーリが会場に現れると、街中の観客が割れんばかりの歓声を上げた。愛馬に付けられたロゼットもお披露目され、幾重ものレースにギルドのカラーであるピンクとブルーのテールが下げられていた。邪気を振り払うとされるスミレの花が添えくろかげられた純白のロゼットが、馬の黒鹿毛から鮮やかに浮かび上がっている。

朝から晩まで演奏で盛り上げる音楽隊はサルティリアの大事な脇役だ。この太鼓に付けたロゼットはバンドのロゴ入り。胸にはコンポニドーリと同じ色のロゼットを付けている。

近年、サルティリアのロゼットは趣向を凝らしたものが増え、競うように華やかになってきているが、コンポニドーリのロゼットはどの色にも染まっていない神々しい純白だった。伝統とはたた守るだけではなく、姿を変えながらも、時代を超えて脈々と続く行為に宿るものなのかもしれない。大昔の遺跡と共に暮らす人々と、中世から続けている神聖な風景の中で、そんなことを思った。


『PERFECT DAY03号』より転載。この記事が掲載されている雑誌をAmazonでチェック

WHYTROPHY

Why Trophy? 考える担当のライターと作る担当のお針子が、讃えるかたちを調べながら製作をするユニット。著書に日本の工芸やプロダクトの現場を訪ねたムック『フロム ニッポン』(マガジンハウス)、ロゼット探しの旅をまとめた『ロゼット リボンの勲章を探して』(双葉社)など。