俳優だけでなく、ブランドディレクター、テレビ番組のキャスターなどマルチに活躍する井浦新。最新主演作『光』では、嫌悪感を抱くほど嫌だったという役・信之を演じながらも、共演者と芝居を重ねることで、日々深化していき役を飲み込んで行ったという。本作品で、井浦はこれまでの自分と、新たな自分と対峙し、何を得たのか。
夜の群青と朝の橙が混じり合った暁天の空。新宿の高層ビル群に広がる、水無月の始まりを告げる雨雲。俳優・井浦新のインスタグラムには、活動を告げる写真や旅先の思い出と共に、空の写真が多くあがっている。それは、都市で暮らしながらも、自然のサイクルを感じられるものとして、井浦が空の存在を大事にしているからだ。
「東京の真ん中で生活をしている限り、いちばん身近に楽しめる自然って空なんですよね。空が見えるところというのが、僕にとって部屋探しのこだわり。どんなに他の条件は希望を満たしていても、空のヌケが感じられないと、即アウトなんです」
太陽の動きをもとに作られた二十四節気は、井浦にとって季節を知るよりどころでもあり、毎日の暮らしに欠かせない。1年で日照時間が最も長い夏至には、太陽を拝み1日を始める。春の雨に恵まれる穀雨には、種まきの時期だなあと思いを巡らせる。
「緑が多く、空気が澄んでいたり、土の香りが漂っていたりする場所だけが自然を感じられるところかといったら、意外とそうでもなくて、都市に住んでいても、自分の感じ方ひとつ。空もそうだし、暑い寒いと感じるのも自然のサイクル。あわただしい生活の中でも、数分でも暦を考えたり、空を見上げたりする“遊び”の時間が、心の余裕には絶対に必要だと思います」
東京という限られた環境でも四季の移ろいを感じてはいるが、旅に出れば、どっぷり自然の中に身を置く。とくに山は、自然の厳しさをまざまざと見せつけられる場だ。
「僕にとって山に入ることは、森林浴で癒しを感じるためでも、高い頂を目指すものでもなくて、都会でぬるく生きている自分の中に眠っている野性を呼び覚ますために大事にしています。山では、常に生き死にと隣り合わせで、人間が弱者。人間の力ではどうにもならないのが自然です。そんな環境でいかにサバイブするのか。頼りになるのは直感だけ。野性の勘が、研ぎ澄まされます」
旅先で過ごす理想の1日
俳優として多忙な日々を過ごす井浦にとって、理想の1日は日常を離れた旅先にある。
「狙った朝陽をしっかり写真に収め、太陽の動きと共に移動しながら、民俗資料館に行き、神社やお寺にもお参りして。やりたいことをすべてやり切って。時間をかけるところはかけますが、目的のためにすごく詰め込むのが旅のスタイルです。だから、日が暮れる頃にはもうふらふら(笑)。そんな状態で、たまたま入った小料理屋が大当たりなんて日は、完璧ですね。旅は疲れますし、自然に対して敬意を払っていると緊張もしますけど、それ以上にワクワクするんです。だから旅を続けるんでしょうね」
愛情、憎しみ、狂気……
人間の行きつく果ては野性だった
最新主演映画『光』で、子供時代の事件と、すべてを飲み込んだ津波によって、生きることを放棄したかのように見える信之を演じた。市役所に勤め、結婚もして家庭を持ち、いわゆる幸せな生活を手にしたのに、表情は虚ろだ。自分の妻を抱き、子供時代の恋人である美花を脅す幼馴染みの輔。彼と再会してからは、暴力という形でもって、人間らしさを取り戻していく。その過程を、共演者と芝居を重ねながら「日々深化し、野性化して役を飲み込んでいく感覚を体感した」と語る。
「この映画の登場人物は、倫理的に観ると嫌悪感を抱くような人ばかり。僕も最初に原作を読んだ時は、なんてクズな人間ばかりなんだと思いました。狂気という言葉すら超える激しい暴力も描かれています。でも、役として演じた後は、なんて生々しく、人間らしいんだと。目を覆いたくなるような、彼らの嫌な部分というのは、僕に、そして観ている方の中にもある何かを表しているんでしょうね」
役への深い考察と比類なき演技力で、高い評価を受け、仕事を“選べる”立場にいるはずだ。それでも、「やりたいか/やりたくないか」という基軸で出演作を選ぶことは
しない。
「役者を始めた数年間は、脚本を読み、さらに監督にも会って、役に感じるものがなければやりませんという時期もありました。芝居の世界をよく知らなかったとはいえ、バカでしたね。自信がなかったというのもあるんでしょうね。あのやり方では、世界を狭めるだけで自分のためにまるでならないと気づいてからは、どう演じたらいいかわからない役の方が燃えます。『光』も、こんなにも共感できない物語を生身の人間が表現するとは、なんて難しいんだろうと、やりがいを感じましたね」
井浦新
1974 年9月15日生まれ、東京都出身。90 年代からモデルとして活躍。98 年、映画『ワンダフルライフ』主演を機に、俳優としての活動をスタートさせる。また、アパレルブランド〈ELNESTCREATIVE ACTIVITY〉のディレクターも務める。美術にも造詣が深く、NHK〈日曜美術館〉の司会ぶりも好評。公開待機作に映画『二十六夜待ち』。
ジャケット¥66,000、シャツ¥19,000/アウターリミッツ(ともにNigel Cabourn)、眼鏡¥29,000 /ブリンク外苑前(CLAYTON FRANKLIN)