シェ・パニースに20年勤め、2008年にパートナーのアリソン・ホープランとともにオークランドでCAMINOをオープンしたラッセル・ムーア。毎週6カ所のファーマーズマーケットに通い、野菜や肉、魚はもちろんのこと、チーズやオリーブオイルなども含め、使用する食材はすべてオーガニック、カリフォルニア産のもの。
「ファーマーズマーケットに行って知らない野菜を見つけると、どうやって使うかを考えずに買って帰るんだ。それを売っている農家にもあえてその野菜の詳しい情報は聞かない。CAMINOに持って帰って、どういう野菜なのか、どういう調理に向いているのかを徹底的に考えるんだ。切り方を変えたり、火の通し方を変えたり、色々と試すことでその野菜のことを知ろうとする。もちろんGoogleにも頼らないよ。自分で触れて、いろんな角度から試すのが僕の食材との向き合い方だから」
オーナー・シェフのラッセル・ムーア(右)はインタビューの間も、下ごしらえの手を休めることはない。店内の装飾は、プロダクションで働いていたアリソン・ホープラン(左)の担当。
CAMINOに足を踏み入れると、壮大な1本の木から作られたという1枚板のロングテーブルが並び、向かった先のオープンキッチンには暖炉が備え付けられている。CAMINOがイタリア語で「暖炉」を意味するように、揺らめく火の前で調理が行われる様子は店のシンボルとなっている。
「シェ・パニースで長く働き、メニューを考えたり多くの仕事を任されてきたが、あくまでもそれはアリス・ウォータースのビジョンを表現するための仕事だ。もちろん素晴らしい経験だったよ。でも次は、自分のビジョンを表現する場を作りたかったんだ。ここではローカルな食材にこだわりながら、色々な文化を取り入れて料理を考える。韓国やタイのハーブであったり、モロッコのスパイスも使うし、フランスやスペイン、イタリア、ときにはメキシコまで、様々な国の料理における火の使い方を暖炉で試す。原始的で普遍的な火の使い方というのは結局、どこの文化にも限定されることがないからね」
買いすぎないこと
捨てすぎないこと
肉や魚、野菜などを前にして、パズルをするように食材の組み合わせと調理方法を考える。メインの2皿は暖炉で、もう1皿は薪ストーブで作る。前菜も2皿を暖炉で。そうした条件を自分に課すことで、発想が広がり創造力が生まれてくるのだという。
「例えば今夜は、あまり大きくないラム肉を2頭分仕入れてある。しかし週末だから予約も多く、50皿分は用意しないといけない。この量だとラムチョップを作れる本数は16本だから、考え方を変えないといけない。十分に肉はあるんだから、首肉やスネ肉など部位に分けて解体して、それぞれに調理方法を変えれば色々な食感や味わいを楽しめるだろ? それを組み合わせて一皿にするんだ。肉を1頭買いして、廃棄する部分を極力出さずに美味しく調理したいと思っているから、自然とそういうやり方になってくる。だから、君に出す一皿と別のテーブルで出す一皿とがまったく同じものになることはないけど、一皿のボリュームは平等に、食べた時の満足感も同じになるように仕上げるよ」
暖炉や薪ストーブの直火で調理された肉料理、魚料理には、豪快さを感じさせる火と木の香りがする一方、味付けは繊細で優しい。レストランに入ってすぐに目に入るオープンキッチンの暖炉のように強いインパクトを与える自己主張と、韓国系の血を引き、多様な文化を柔軟に吸収して調和させる知的なアプローチが、ラッセル・ムーアのスタイルを形作っているようだ。
CAMINOのシェフにとっての
パーフェクトな1日
「自分だけのために料理をしても楽しくないし、食べてくれた人が喜んでくれなければ僕もハッピーじゃない。CAMINOに来たお客さんが喜んでくれて、オープンキッチンに来て『また来たよ』って話しかけてくれるのは何より嬉しいよ。『おばあちゃんが作ってくれた料理を思い出したわ』なんて感想を聞けたら最高だね。誰かの記憶に触れるような料理をいつも作りたいと思っているんだ」
最後に「ルー・リードの『Perfect Day』は大好きな曲だよ」と、ラッセルが考える理想の1日を話してくれた。「朝起きて、まずはサーフィンに行く。そしてランチにゆっくりと韓国料理のスープでも食べたいね。サンフランシスコの20th Century Caféでのランチっていうのも捨てがたい。それから昼過ぎにCAMINOに来て、ディナーの準備をしてお客さんと出会って料理を振る舞えたら、それは僕にとってパーフェクトな1日だね」