モノ好きが考える、モノの価値

店舗はなく、通信販売もしない〈que〉。SNSはあるが、記されているのは販売会の場所と時間だけ。気になるであろう値段については、一切触れられていない。革靴となれば、金額面で心配になる人も少なくないだろう。実際、値段の問い合わせは絶えないという。それでも、あえて値段を伏せているのはなぜなのか。ここにもまた、金安夫妻の“違和感”が大きく関係していた。

「モノの価格はとても大事だと思うんです。でも、正直なことを言うと、必ずしも価格を公開する必要もないのかなと。商品を見て、価値があると思っていただければ、ぜひ試着しに来てほしいと思っています。高飛車になっているわけではなく、私たちの素直な気持ちです。どうしても、価格を“最初の価値”にしたくなかったんです。特に〈que〉の場合は、店舗がないので商品についての説明をしようにも、SNSでは限界があります。そんななかで価格を出してしまうと、純粋に商品を見てもらえなくなるので、あえて公開していません」

価格を公開すれば、問い合わせも減らせるが、「お問い合わせは接客の始まり」と好江さんはポジティブだ。むしろ、勇気を持って飛び込んできてくれた客に全力で応えるのが〈que〉の使命であり、本領を発揮するところだ。「直接接客しないと自己満足になるので」と、あくまで接客ありきの販売を貫く。実際に販売会に来場した客が価格に示す反応はそれぞれだが、決して驚かせるような高価格帯ではない。むしろその品質と接客を受ければ、ファンが多いことにも納得がいくだろう。

信頼がつなぐ、製造と販売

とはいえ、「通販ナシ・価格非公開」をこのご時世に貫くのは、容易いことではない。なかなか理解してもらえないのは当然で、むしろ風当たりは強い。転売される商品の多くは、倍以上の値段で売られてしまうのだとか。転売ヤーから買わないでほしいと呼びかけても「買いに行けないから、買うしかない」という人もいた。一番残念なのは「フリマサイトから購入したが合わなかった」という声。接客さえできれば、そんなことにはならずに済んだのにと悔やまれる。転売されるのは通販がないからだ、というわけではない。しかし、それも原因の一つであることに変わりはないという現実に、日々心は擦り減っていったという。

せめて信頼できる人のお店に卸として託す方法もあるのでは? と金安夫妻が考えていた矢先、嬉しい出会いがあった。スタイリストの大橋利枝子さんだ。赤坂蚤の市へ靴を買いに来てくださったのをきっかけに、コラボ企画などが始まった。その後、大橋さんが自身のブランド〈fruits of life〉を立ち上げた際には依頼されたルームシューズが好評となり、続けて外履き用のミュールへと進化。かかとが無く、通常の靴よりも合わせやすいことから〈fruits of life〉を通して通信販売・卸売も行われるようになった。

「ありがたいご縁で。いつかできたらと考えていたことがいつの間にか大橋さんが叶えてくださいました。queを始めた頃から、いつも誰かが手を差し伸べてくださり、やりたかったことを叶えさせてもらっているような気がします。もちろん、それは社内でも同じことが言えて。無茶な製造スケジュールやハードな販売会にも、皆快く尽力してくれています。心強く頼もしい製造現場があるからこそ、queの靴を提供できると思っています」

fruits of life × que「room shoes」

語らずして語る。ファクトリーとしてのプライド

「ブランディングをするという意識は全くと言っていいほどありませんでしたが、いろんなことの積み重ねが〈que〉というブランドになっていったとは思います」と金安夫妻はこれまでの歩みを振り返る。

「そもそもブランドを大きくするつもりもありませんでしたし、自分たちができることを少しずつ積み重ねてきたのが今の〈que〉なんです。最初からコンセプトを立てて『これを目指そう!ブランドを守ろう!』ではなく、気持ちのいい方向に築きあげてきた結果、大切にしたいことが明確になってきたというのが正直なところですね。だからよく、ナチュラル系などと言われるんですが、そういうものを目指しているわけでは全然なくて。むしろ、かなり泥臭くやっているところだと思います(笑)」

露出や情報が少ない分、「作品、ハンドメイド、熟練の職人」といった“それっぽい”言葉で語られ、イメージだけで満足されてしまうことも少なくない。「ものづくり」といった言葉さえも、工場で地道に作っている側からすると、“違和感”を感じてしまうという。そんな“ファクトリーブランド”として靴を作る〈que〉が考える、これからのモノの価値について金安夫妻が語ってくれた。

「“ていねい”とか、“誠実”というのは、メーカーとしては本来当たり前のことなので、わざわざ自分たちから言うことではないと思うんです。背景として知っていただきたいことももちろんありますが、何より『この靴が好きだな、履きたいな、楽しそうだな』と思ってもらうのが順番として先だと思うし、そうであってほしいですね」

「転売されることにも、正直随分悩まされました。でも今は、一部の理解してもらえない方にモヤモヤしたりするんじゃなくて、ご理解くださるお客様に楽しんでいただくことに、エネルギーを注ぎたいと日々思っています」

客にイメージを強要するのではなく、靴を目の前にして、どう感じてもらえるのか。その一貫した姿勢からは、ファクトリーブランドとしてのプライドが強く感じられた。同時にその靴は私たち使い手の品格を問うているようにも思える。言葉やイメージはもちろん大切だが、それに引っ張られていては、モノの本当の価値を見極めることはできない。情報に頼るのではなく、直に観る。これほどシンプルなことが、いかに難しい時代になっているかを〈que〉のあり方から垣間見ることができるのではないだろうか。

「本当のスペルは“c”なんですが、なんとなくアルファベットの“q”が好きだったので〈que〉。スタートから作っていたバッグとこの靴が揃えば玄関から出かける時のGOサイン、”キュー出し”みたいな意味になるかなあ、なんて思ってつけたんです。説明臭くなるのが嫌なので、あまり公言していませんが(笑)」

多くの人を魅了する〈que〉の靴。シンプルなデザインの裏側には、たくさんの苦悩と工夫、そして喜びが詰まっている。語らずして語る“GOサイン”は、これからも難問にぶつかるたびに、ひとつずつ答えを積み重ねて行くことだろう。

que
靴メーカーによるファクトリーブランド。
店舗・通販は無く、催事等での展示即売のみ。 販売会の情報、お問い合わせはinstagram公式アカウントからご確認ください。