もはや私たちの食生活に欠かせないチーズやワイン。北海道・道南に地産のミルクやぶどうを使い自然派のチーズやワインを作る農場とワイナリーを訪ねた。彼らの目指す、理想の環境と味とは。

ご存じのようにワインの味は千差万別。土地、ぶどう品種、天気、作り手、製法、年代、保管によって味は大きく変わる。たしかに、系統立てて飲み、グラスを重ねれば、あるレベルまでの理解はできるだろう。しかし、ワインの世界はあまりに広く、深い。造詣の深い人でさえも、時折道に迷うほどだ。その証拠にソムリエという、道先案内人のような仕事まであるのだから。

わからないなりに飲んでいても、時折ハッとするワインとの出合いがある。そのワインは、一口飲んで、作り手に対して、勝手に親密な気分になった。産地やぶどう品種の情報が書かれるエチケットには、最低限の情報しかなく、謎のイラストが描かれていた。調べると〈農楽蔵(のらくら)〉という函館にある小さなワイナリーのワインだった。

街の中にある小さなワイナリー

函館山の麓に広がる旧市街地を歩くと、明治から昭和初期にかけて造られた和洋折衷住宅に目を奪われる。そのクラシックな雰囲気にマッチした建物が〈農楽蔵〉だ。普通、ワイナリーといえば広大なぶどう畑の中に建つイメージがあるが、〈農楽蔵〉は市街地にある「街なかワイナリー」。ワインのスタイルを絞り、醸造の設備や動線をコンパクトにした結果、街中にワイナリーを作ることができたという。〈農楽蔵〉では栽培家の佐々木賢さん、醸造家の佳津子さんの2人でワインを造っている。賢さんはフランス、山梨でワイン造りに携わり、「自分の味を実現する場所」を探して2011年に道南地方に辿り着いた。

「シャルドネを栽培するのにどこがいいか。長野、山形、北海道。8年間探した結果、地縁のある道南地方になったんです」

北海道のテロワールを目指して

賢さんの言う「理想の味」を訊ねると、しばらく間があった。味を言葉にするのはプロでも難しいようだ。「しっかりした酸、ぶどうの味がワインに反映しているもの」と言う。「それに、土地の味が乗っかる、草の香りとか……」。草の香り。山田さんのチーズと同じ言葉だ。山田さんも同じことを言っていたと告げると、賢さんの顔がほころんだ。山田さん家族と交友があり、互いに刺激を受け合う関係のようだ。

「ワインを造る人は、みんなそういうことを考えると思う。いかに土地の味を消えないようにするか。ワインの風土テロワールを考えると、(堆肥など)地域のものを使うのは大前提かなと思います。地域と関わる結果、余計なエネルギーも使わない。山田さんも、それを守っていますね。手をかけて造れば、おいしい物ができますから。だけど多く造ろうと思うと、ひずみが出る。それは別に悪いことではない。でも、僕らがやりたいことは違うんです」

〈農楽蔵〉の畑は函館市街から車で30分ほどの北斗市文月地区にある。近い将来、〈農楽蔵〉はこの畑の近くに家とワイナリーを建てる計画があるそうだ。その場所で収穫したぶどうで、ワインを造る。パーマカルチャーの考えに則り、恒久的持続可能な環境を作り出すワイナリーを体現しようと考えている。賢さんは、書棚から一冊の本を取り出した。ビル・モリソンの『パーマカルチャー 農的暮らしの永久デザイン』という本だ。フランスで出合い、ボロボロになるまで読み込んだという。ぶどう畑の近くに居を構え、除草のための動物を飼い(おそらく山田農場から来るヤギだろう)、家の周りには野菜畑を作る。すでに土地の魅力を大切にしたワイン造りをしている〈農楽蔵〉だが、さらに土地と深く関わりワインを造っていく。佐々木さん夫婦の生活もワインの味に含まれていくのだろう。

〈農楽蔵〉のワインは畑と近い味がする。それは、畑を見せてもらい、2人に接しているからに違いないのだが、はじめて飲んだ時にも感じたことだった。はじめは不要なものを省いた引き算のような味に思えるが、実はその味の中には畑や哲学、生活などが加わっている。シンプルなようでいて、実はとても複雑だ。グラスに注いだワインからは、2人のワイン造りに対して、真摯な人柄さえも感じさせる。すごいワインだ。

ワインの味はどうやって決めるのだろうか。

「うちでは自家農園と農家から買うぶどうがあります。買う場合、ぶどうをトラックに積んだ帰り道、『どんなワインになるだろう』、『こうしたいな』と、2人で話をする。ぶどうの個性を消さないようにしますね。自家農園の場合は、どんなワインにするかを決めて畑で作っています。だから、着地点も余計なことは考えない。畑の意思のままにしているというか。……畑も醸造も別れていないんです」

賢さんたちは“理想の作り手”は作らないようにしているそうだ。

「それを掲げると引っ張られてしまう。自分たちで考えるということを、常に課すために、僕たちには理想の生産者はいません」

もちろん奢りではない。ぶどうに対して誠実な姿勢で2人はワインを造り続ける。

本当のテロワールとは

山田農場〉も〈農楽蔵〉も、風土や気候が含まれた土地から生まれる味を大切にしていた。そして、自分たちの作るチーズやワインに対して誇りと自信を持っていた。だが、その魅力を語る声は決して大きくない。穏やかな声だった。そう、好きな人に届けばいいのだ。道南の小さな農家たちよる、チーズとワインは、新しい風景を作っている。その風景がまた味に加わり、本当のテロワールが北海道の地にゆっくりと成熟していく。

>>北海道・道南地方に 新時代の生産者を訪ねて#01 山田農場


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農楽蔵

農楽蔵

北海道函館市元町31-20 
nora-kura.jp