「インドには生きた手仕事がある」そう語るのは、ISSEY MIYAKE INC.のブランド〈HaaT〉トータルディレクター皆川魔鬼子氏。テキスタイルデザイナーとして第一線で活躍してきた彼女が、約40年前のインドで目にしたのは、使い込まれ人々の体に良く馴染んだ美しい布の数々だった。そしてその光景は、現在も〈HaaT〉のなかで生き続けている。
最新技術を駆使し、新たなものづくりに挑戦し続ける彼らは、今なぜ「手仕事」というとても原始的な方法を選択するのだろうか。第2話では、アーメダバードの工房を訪れ、脈々と受け継がれる職人の技をみた。

朝の通勤ラッシュで一段とクラクションが鳴り響く大通りを駆け抜け、一本小道に入る。自由な牛や犬を縫うようにして住宅街を進んでいくと、大きな木々が生い茂るひときわ緑豊かな一角に突き当たった。工房はこの先だという。門をくぐると、先ほどの喧騒が嘘かのように静かで穏やかだった。聞こえるのは、風の音と鳥のさえずり。この街で一番静かな場所かもしれない。


工房のスタッフが迎えてくれたので両手を合わせ「ナマステ」と挨拶をすると、向こうは笑顔で「ハロー」と返してくれた。インドにくる旅人が一番先に覚えるであろうこの言葉は、なぜか現地ではあまり聞くことがなかった。百聞は一見にしかず。来てみないとわからないことばかりである。


工房設立のきっかけ

工房設立のきっかけとなったのは、長年〈ISSEY MIYAKE〉とのものづくりに取り組んできたアシャ・サラバイさんだ。彼女が「手仕事」を軸に本格的に服づくりをはじめたのは、1970年。当時は海外市場への急な拡大もあり、なによりもスピードと量が最優先とされていた。


「人が作ったものとは思えないほど高い技術をもった職人たちが、次々と仕事を失うところを見てきました。当時の市場にとって、時間をかけて作り上げる繊細な刺繍は『時代遅れ』のものだったんです。でも私は彼らの技術こそが、インドの布の未来をつくると確信していました」

アシャさんはそう信じ、あえて「手仕事」という道を選択。そして、それらの技術を過去の栄光で終わらせてはいけないという思いから、インド屈指のテキスタイル美術館「キャリコミュージアム」の貴重な衣服コレクションの技術の伝播にも力を入れた。

最初に集まったのは高いスキルを持ったほんの数人の職人たち。あまりの規模の小ささに、周りからは「いったい彼女は何をはじめたんだ」と不思議がられていたという。しかし彼女の熱い想いが多くの人を動かし、それは年月を重ねるごとに少しずつ規模を大きくしていった。

そんな時、三宅一生氏と現〈HaaT〉トータルディレクターの皆川魔鬼子氏との出会いがあった。インドを何度も訪れた皆川氏は、ひたむきな職人たちによる緻密な技術の数々を目の当たりにし、訪れるたびにこの地に魅了されていったという。

そして1984年、「Asha by MDS(Miyake Design Studio)」としてアシャさんと〈Miyake Design Studio〉のものづくりがはじまった。このプロジェクトはその後〈HaaT〉と名前を変え、アーメダバードのこの工房との関係は35年たった今でも続いている。


熟練の職人の技

工房での仕事は、デザインから染物、刺繍、品質チェックと様々な工程に分けられ、通勤が難しい職人のために市内に2つのサテライトの工房も設立された。すべての職人とスタッフをあわせると、現在50人がここで働いている。織物や刺繍というと女性の仕事というイメージが強いが、工房では男性の姿を多く見かけた。男女比はちょうど半々。インドではこれがスタンダードだという。

ここの工房でなによりも大事にされていることは、「職人の手の力」だとアシャさんは語る。どの工程でも、使う道具は最小限で、すべて技術は彼らの「手」に委ねられている。今回はその技術の一部を見せてもらった。

工房で使われていた大理石のペーパーウェイト

KABIRA
カビラ

インドに伝わる刺し子のひとつ。一針一針刺していくことで、布に独特の風合いを作っていく。見た目だけではなく、生地の強度も増すため長く使い込めるという。

MIRROR WORK
ミラーワーク

生地のほつれや穴を縫い合わせるためのアイディアとして生まれた技法。小さく砕いた鏡を布に縫い付け、装飾していく。

BORIA/ DORI
ボリア/ ドリ

〈HaaT〉の服やバックラインTamashaのファスナーに使われる、縫い代を玉状にしたボリアと、芯状にしたドリ。どちらもあまり布を再利用。無駄を出さない工夫のひとつだ。

BHILL
ビリ

ミシンを巧みに操りながら、刺繍をしていく技法。ステンシルで施されたチョークの線を目安に、繊細な刺繍はすべて職人のフリーハンドで施されていく。

BLOCK PRINT
ブロックプリント

手彫りの木版を使い、判子のように押していく。ズレやかすれがないよう推していくのは職人技だ。柄の組み合わせで次第でパターンは無限大。工房には柄違いの木版が300以上保管されている。


ルーペを使いたくなるほどの緻密なパターンや、一針一針手で刺していく刺繍。それを見ていると、そこに込められた人のエネルギーや時間を感じ、感謝せずにはいられなくなる。


作ることは喜び

12時になると、今まで黙々と作業していた職人たちも、お弁当箱片手に一斉に食堂へ移動する。3段式のステンレスのお弁当箱には、ぎゅうぎゅうに詰め込まれたカレーやチャパティ。職人同士で大きなプレートに並べながら、シェアして食べている。

キッチンの近くではチャイを淹れていた。ティーブレイクにお邪魔し、刺繍をしていた女性たちに声をかけた。「どんな時が一番楽しいですか?」すると、彼女たちはグジャラート語と英語を混ぜながら身振り手振りで答えてくれた。

「こうやってみんなで集まって作業してるとき。刺繍をしていることが、純粋に楽しいわ」

ひとりがそう言うと「私も同じよ」というように周りにいた職人たちも続いた。


つくることが喜び。ふと出たその言葉は、決して綺麗事ではない。彼らのまなざしや息遣い、手先の動きからひしひしと感じることができるそれは、ものづくりの原点だ。

まっすぐな気持ちで作られたものは美しい。そしてそれは人の心を打つ何かを持っている。


カラフルで軽やかな〈HaaT〉のバッグラインTamasha。これらもこの工房で、職人が一つ一つ丁寧に仕上げている

>>第3話 伝統は誰のものでもない

<<第1話 〈HaaT〉が見たものづくりの原点

HaaT
テキスタイルから発想するブランドとして2000年にスタートしたブランド。日本で開発する上質なテキスタイル、そして長く培われてきた技法を今の衣服に活かしたものづくりを行う。
isseymiyake.com/haat/ja