自然と共に感じる 現代のアートフォト

国内外の様々なアートフォトグラファーの写真を取り上げるアートフォトマガジン『IMA』を出版する〈アマナ〉が、8月から『浅間国際フォトフェスティバル Photo MIYOTA2018』を長野県御代田町で開催している。


同イベントには31名の写真家が作品を出展。そのうち国内から川内倫子や鈴木理策、海外からはマッシモ・ヴィターリなどがイベントに参加した。今回の展示のテーマは『カメラに帰れ』で”撮影装置としてのカメラへの回帰”が題材となっている。古くから存在する基本の技法から、VR(バーチャル・リアリティー)などの最新技術で表現された作品まで、幅広いジャンルの写真を観ることができる。

また、フェスティバル会場の最寄駅、しなの鉄道・御代田駅の壁面や階段にも作品が大きくプリントされ、駅に降り立った人を「ようこそ」と出迎えてくれる。「photo MIYOTA」というタイトルの通り、フォトフェスティバルは会場エリアを飛び抜けて、町をお祭りのような雰囲気で包んでいるようだ。



セザンヌのモチーフに魅せられて
写真家・鈴木理策

9月8日(土)に開催された写真家・鈴木理作のトークショーの内容を紹介したい。テーマは、『視覚と時間ー写真で何を写すか』。画家のセザンヌがモチーフとして描いたことで有名な『サント・ヴィクトワール山』を題材に撮影した時のエピソードが興味深い。

昨今のカメラは性能が高く、人間の目で見ているように撮影できると言われる。しかし、カメラはどれだけ進化を遂げようとも、機械である以上はズレが生まれる。人の目と全く同じには写らないからこそ、鈴木は「あるがままに」撮る。そして機械のレンズが外の世界を写す偶然に任せる。

「写真としての見どころをわかりやすくするという意味で、できるだけ自分という存在を無くしていく。写真行為の”作為”が無い方が良いのではないか、という風に僕は考えているので、自分自身の発信にならない、というのを目指して制作をしています。」

話題は、フランスの『サント・ヴィクトワール山』の話へと移る。『近代絵画の父』と呼ばれるフランスの画家・ポール=セザンヌがモチーフとして描いた山だ。

「素直に写真を撮れば、セザンヌが絵画の中で表現したことや、山への視線を感じ取れるのでは。という想いで撮影に臨みました。絵画史的にも、『山』はある種の意味・記号として描かれることが多かったのですが、そんな時代にセザンヌは、『山』自体をただ描いたということを聞いたことがあって。そのことが、写真と近いのではないか、と思って。」


「アトリエのセザンヌ」より ©鈴木理策

「自分は確かにそこに風を感じたし、山に対して質感を感じた。セザンヌが物質が持っている強さを絵で表現したように、(つまり、見たまま描いている訳では無いということ)感覚とされるもの、質感がどのように写真に現れるかということがテーマでした」

鈴木は、写真行為自体は浅間山でもできるというが、サント・ヴィクトワール山が面白いと言う。しかし、それはモチーフを作為なく粛々と撮影し、その作品は結果的に「面白く」なったということ。

「セザンヌという人が、絵画史の中で大きな仕事をしたが故に、サント・ヴィクトワール山をモチーフは面白い。かといって、もしも自分が、『浅間山よりサント・ヴィクトワール山の方が素晴らしいだろう』と最初から期待して行くと、私のこの下心のようなものが非常にバレるという訳です。実際に気持ちの作用があって、撮影があって、そのあと写真が成り立つ。その、順番が大切です」

撮影には、モチーフに対しての「下心」や、自分自身を表現したいといった作意はない。この撮影前の「下心」が作品に現れてしまうのが、写真の面白いところだと鈴木は言う。写真のために写真を撮る、ということは本末転倒ということだ。


「水鏡」 2014 ©鈴木理策

視覚によって生まれる時間の流れ

人間の目というのは「次はどこを見ようか」と視線が揺らいでいるので、写真のように一箇所にピントが合い続けるということは起こらない。静止した状態で目の前に現れる、ということは人間の目とは違う写真特有の現象だ。何気ない風景写真が持つ細部は、後から見返した時に面白い発見をもたらしてくれる時もある。

「例えば、水面。水面を見ている時の視線は行き来します。水面に映る雲、水面に浮かぶ睡蓮の葉、水の中で泳いでいる魚。写真を撮るときにどこにピントを合わせるかによって、写真の見え方はとても変わります。風景はレイヤーになっていて、見ている時に時間が生まれてくるはずなんです」

かの有名な『モネの池』の絵は、水の中の世界を一枚の画面の中に全てを描いている。鈴木にとっては『モネの池』こそが理想なのだ。『モネの池』を、全体や部分に目を移して行くと、実際に水面を見ている時の視線の行き来が再現される。人は流れ続ける時間の中でも必要な時だけ、緊張して自分の感覚を外部に向けてモノを見て、音を聞いたりしているため、緊張することによって時間が生まれているのだという。

「ただ、ぼんやりと眺められる写真ではなく、「生きている」ことを感じ取る時間が生まれるような作品にしたいですね」


鈴木理策・ 1963年和歌山県生まれ。1998年に故郷の熊野をテーマにした写真集『KUMANO』を、翌年には恐山を撮った『PILES OF TIME』を発表。2000年には『第25回木村伊兵衛写真賞』を受賞。2006年にニューヨーク、2011年にチューリッヒで個展を開催するなど、国際的に活動の場を広げている。

美術大学などで教壇に立つこともあるという彼の60分のトークは、まるで講義のようで会場から集中が途切れない。彼の生徒になった気分で話を聞いていると普段は難しいと感じる話もイメージが湧いてくるから不思議だ。当日は雨天にもかかわらず満席で盛況したトークイベントとなった。

『Photo MIYOTA 2018』の会場は、青々とした自然の中に存在するとても気持ちのいい空間。屋外に展示されたスケールの大きな展示は、展示室のみで開催される展覧会とは違った見え方が楽しめる。また、写真=平面、ではなく立体で表現された作品も。会場を散策しながら、写真を“観る”ではなく五感で“体感”しているような感覚に心踊る。





丁寧に淹れて提供されるコーヒーが美味しいと噂の『IMA cafe』も出店。鑑賞の合間に、ひと休みできるスポット。

御代田町でアートフォトを存分に楽しんだ帰りには、周辺の軽井沢エリアの観光も楽しめる。イベントは来年からさらに本格的に開催されるとのことなので、期待が高まる。今年の会期は9月末で終了となるので、お早めに。都内から軽井沢行きの高速バスも運行しているので、夏休みの機会を逃した方も、この機会に足を伸ばしてみてはいかがだろうか。

浅間国際フォトフェスティバル
2018年8月11日(土・祝)〜9月30日(日)10:00〜18:00
会期中無休
入場無料 asamaphotofes.jp