これまで旅したなかで、好きな場所はどこですか? 

そんな質問を受けるとき、「シンガポール」と答えるとたいていは驚かれる。好きな場所はたくさんある。住みたいと思う場所、水が合った場所、死ぬまでにせめて一度は戻りたい場所、老後に住みたい場所、なぜだかわからないけど惹かれる場所など数え上げたらキリがない。そんななか、台湾でもポルトガルでも、アイスランドでもなく、シンガポールと答えるのは、裏切られることこそ、私にとって旅の醍醐味だと思っているから。

仕事で旅に行く場合、間違いなく下調べをしていく。それもかなり綿密に。海外の場合は、現地のコーディネーターと連絡をとり、取材する場所や人を絞り込み、ある程度の予測をたて、さらにはなんとなくのページ構成を思い浮かべながら現地へと行く。だからといって、取材は「答え合わせ」ではない。みんながその場所に求めている「らしさ」を捉えると同時に、編集者やカメラマン、コーディネーターといったその道のプロたちと一緒に、ぐいぐいと対象に迫り、人々の思いをていねいに掬いだしていく。すると、たいていの場合、予測した以上の広がりや意外性が見えてくるのだ。

話しをシンガポールへと戻そう。シンガポールという国は、こうした意外性のかたまりだった。初めて行ったのは、この地で暮らしている友人宅に転がり込んだ数年前。マレー半島の先に位置する都市国家で面積は東京23区と同じだけの狭さ、チューインガムの持ち込み禁止、アルコールはやたらと高い、町にゴミを捨てたら罰金、マーライオンなるものがある。それくらいの前情報しかなく、正直、あまり期待していなかったのも良かったのかもしれない。初めてのシンガポールは、こんなもんだろうという予想を軽く超えていたのだ。

都市国家というと狭い土地の中に高層ビルがみっしりとそびえ立っていて、人々はコンクリートジャングルであくせく働きながら暮らしているというような近未来都市をイメージしていたけれど、そうした場所はごく一部だった。バスに乗って20分も行けば、わさわさと緑が茂るジャングルがそこにはあった。もともとジャングルだった場所に国をつくったのだから、当たり前といえば当たり前なのだろうけど、無尽蔵に家やマンションが立ち並ぶ東京と比べてどうなんだろうと考えずにはいられなかった。

観光客を呼び込もうと鳴り物入りで湾岸地区にできたのが巨大な庭で、植物園のテーマパークだというのも驚いた。見上げるほどに巨大なスーパーツリーが立ち並ぶ姿は、未来の地球の姿を暗示しているようで不気味だし、さらにその横にあるガラス張りの2つのドームを視界にいれると異様な光景としかいいようがない。でも見ずにはいられないし、滝が轟々と流れ落ちるドーム内では、異世界に迷い込んだような冒険気分さえ味わえた。ほんとすごいなぁと、圧倒された。こんなことやれる国って、ほかにある?

「この国は、完全なる計画国家。だからこういうことができるのよ」と、友人が姉と慕うRさんは教えてくれた。彼女の夫が隣国マレーシアから買ってきたという大きなエビで贅沢につくったエビフライを揚げながら。

彼女によると、建国の父といわれる故リー・クアンユーが、シンガポールが独立した1965 年から、住宅をいつまでに、どこに、どのくらい増やしていくか、企業や移民をどのくらい誘致して成長させていくかなど、国家の成長戦略を事細かにコントロールしてきたという。一歩間違うと独裁政権……、いや間違わなくてもかなりの独裁政権なのだけど、この国が繁栄していることは間違いない。さらには資源をもたない小さい国ゆえ、人々が豊かに快適に暮らすために緑とともに都市があることを独立当初から推進していたとも教えてくれた。なんという先見の明だろう。

とはいえ、都市部のジャングルに9キロ続く遊歩道のように「あんな人気のないところ、危ないから行かないほうがいい」と地元の人に言わせてしまうほどあきらかな失敗作もある。ポイ捨て禁止のくせに、ちょっと裏通りにいったらタバコの吸い殻がたくさんあるのも知っている。インド人街に行って見かけたインド人たちの目が全然ギラギラしていないのも、水よりも果物のフレッシュジュースのほうが安いのも、HDBと呼ばれる高層公共住宅の下には、昔ながらの2階建て長屋が残っている地区もあるのも知っている。シンガポール最高峰のブキティマヒルは海抜163.6メートルだというのも、そんな場所でトレイルランニングの100キロレースをやってしまうのも、メインルートから外れると眼下に見渡すかぎりに広がるジャングルへと入っていく道があるのも知っている。そんなすべてが愛おしいなぁと思ってしまうのだ。

答え合わせではない、驚きや発見に心も脳みそも震えるような裏切りに満ちた旅が好き。好きな旅先としてシンガポールをあげるのは、そんな気持ちがこめられているのだ。

あなたの、好きな旅先はどこですか?

岡田カーヤ

ライター、編集者、たまに音楽家、ちんどんや。街の楽団「Double Famous」ではサックス、アコーディオンなどを担当。旅と日常の間で、人の営み、土地に根ざした食や音楽などの記事を書く。『翼の王国』『ソトコト』などで執筆。ワインとスープを飲み歩くのが好き。幼稚園児程度のポルトガル語を駆使しながら年一ペースでポルトガルへ通う。当コラムタイトル「HOLIDAY GOLIGHTLY TRAVELING」は、カポーティ『ティファニーで朝食を』の主人公のドアに掲げられている言葉から。

PERFECT DAY 05